【注釈】百姓・村「中世の百姓はどういう存在だったのか」①

◉前口上


 この話は架空戦記ですが、なるべく現実の歴史研究を準拠しています。

 但し、私自身が歴史研究をやった事が無く、本に書かれている事、ネットで調べた物を読んで、まとめているだけに過ぎないので誤っている可能性は多々あり得ます。

 あくまでこの「作品世界」の設定と考えていただければ幸いです。


 長い文ですし、ご面倒であれば読み飛ばして頂いて結構です。この話が少し特殊で今までの「常識」からすると少し違和感があると思い、一応、致命的な物のみ書いています。


「ん?おかしいな」「どう言う事?」と思った時に読んで頂ければ、有り難いです。


 最後に簡単な『まとめ』も用意してありますので、結果だけ知りたい方はそちらを御参考下さい。


 全二回で第一回は「惣村」について、第二回は「中世の御百姓さん」についてです。


 

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【注釈】百姓・村「中世の百姓はどういう存在だったのか」①


◉惣村について

【当時の戦国時代領域はどう決まったのか?】

 現代の日本は各県があり、市町村で分かれています。中世の日本にも「律令国(尾張、武蔵など)」がありました。

 信長の野望などの戦国時代を元にしたゲームをやっていると、当時の戦国大名達もこの「律令国」ごとに勢力が分かれていた、と勘違いしがちですが、血で血を洗う生馬の目を抜く様な戦国時代。そんな国域など、もちろん守られていませんでした。

 戦国大名の境目にはいろいろな研究があり、簡単には言えませんが、ざっと言ってしまえば、『戦国大名の影響が及ぶ範囲』が“戦国大名領国”となります。そして、その『戦国大名の影響が及ぶ範囲』は“惣村ごと”に分かれている事が多かったです。

 つまりこの村は「武田氏の村」、こちらは「織田方の村」、ここは「武田と徳川の半手」と言った具合です。



【惣村とは】

 惣村は「自治権」と「領域」を持った中世村落の自治制度です。鎌倉末期に発生し、戦国時代にかけて発達しました。

 当時の年貢は領主が集めるのではなく、村ごとに納める年貢の量が決められており、それを村自身が集めて、領主に納める形を取っていました。

 これを“村請むらうけ”と言います。

 権力者側から言えば、この村請の実行ために許された自治機能が惣村となります。


 惣村の機能は、

①当時の年貢は村単位で賦課ふか(「村請」)されていたので、その税を納める為に、村人個人個人に「村」が課税し徴収する『徴税』

②村に関わる犯罪を自分達自身で裁く『自検断(警察権と裁判権)』

③他村や領主・代官、または他村との訴訟など、場合によっては京都の朝廷や幕府とも交渉する『外交』

④当時は百姓といっても槍や刀で武装し、仲の悪い村と村戦をしていたので『軍事』

 など、村の存続に必要なありとあらゆる機能を村自身で行なっていました。


 鎌倉時代前期までは荘園領主(もしくはその代官)が徴税、種籾や耕作に必要な資材を用意する、用水路の開作などの土木工事、用水路やあぜなど村の施設の復旧と年貢の減免、近郷の他村の領主との交渉など村の存続に関わる仕事を行なっていました。

 しかし、承久の乱や元寇によって鎌倉幕府の力が西国にも及び、それによって任命された地頭(=鎌倉幕府に強制的に押し付けられた、荘園領主の一存で解任させられない荘園の代官)が荘園領主と対立して訴訟や横領といった事態が起こると、現場が混乱し、領主・代官が管理できなくなる事態が発生しました。

 また、鎌倉末期や室町中期以降、天候不順になり、毎年の様に天災・飢饉がうち続くなかで、他にも仕事を抱える領主・代官は対応しきれなくなりました。

 そうなると(年貢の減免など領主が手放さなかった一部の仕事以外の)徴税、種籾や資材の用意、施設の破損の復旧、土木事業、他村との交渉という仕事を誰かが代行しなければなりません。


 そして、それは村自身が行うようになりました。こうして生まれたのが「惣村」です。



【惣村の変遷と運営】

 惣村の「惣」は“全て”という意味で、「みんなの村」という様な意味合いを持っていました。

 しかし、「人権」という概念がまだ無い中世の村の中には当然、裕福な村人もいれば、自分の耕作地も持たず、他人の耕作地を耕作する「小作人」的な村人もいます。誰かの下人(奴隷・農奴)だったり、その主人だったりと身分差がありました。


 しかし、村と村が争っている中世。

 村の存続に関わる事態が起きた時、その事態対処の話し合いの場に日頃の身分や利害関係による対立を持ち込んでいては、村が一致団結(一揆的行動)できず、村が内側から崩壊しかねない危険性をはらんでいました。


 最初は現世の権力や力関係や経験の有無(=年齢)、コネなどがそのまま村の経営に反映されていたと考えられるのですが、おそらくそれによるいくつかの内部分裂の危機を経験し、ほとんどの村は「宮座(村社の神事について話し合う場)」を中心に惣村を形成していきました。

 宮座で話し合う村の運営についての話し合いを「神様仏様の元で行う話し合いで現世の権力の及ばない事柄(権力、世俗的関係への無縁性≒現代における「公共の精神」)」とすることで、現世の主従関係や財産や影響力の多寡たか、または親子・親類縁者・友人などの世俗関係などから「へだてられたモノ」として隔離され、純粋に「道理によって運営されるべきもの」という“建前”になっていました。

 そうして村人の村の政治への参加が、最初は有力者だけだったのが土地持ちの百姓も許される様になり、最後には土地を持っていない百姓へと広がるなど、村の諸グループ・諸階層へと段階的に参加する人々が広がっていったと考えられています。


 これらの惣村は入札いれふだ(現代でいう選挙)によって「乙名おとな老者ろうしゃ・長老」などと呼ばれる村の指導者層を決定し、寄合によって村の重要事項を決定しました。


 それだけ聞くと、現代の民主制にも通ずる開明的な制度に見えますが、当然そんな事はなく、当時はどこの村にも、村の政治・行事に参加が許されない「村の都合により、村に養われる村の正規構成人ではない人々」がいました(詳しくは『一章、棟梁襲名 一、乱世が掟』の「被養者」「解死人について」の項目を参照)。


 また、構成メンバーだからといって全ての用益(村が持つ収入を得る手段・道具)を利用できた訳ではなく、例えば琵琶湖に面した「近江国野洲郡安治村(現在の滋賀県野洲市安治)」やその隣村の「野田村」では、「村エリ」と呼ばれる小魚を捕らえる装置が設置されていましたが、これは村に一定の使用料(村社の祭祀料)を納めた者のみ、使う事が許されました。

 肥料に使う柴草を刈る入会いりあい(入会とは現在でいう共同使用地という意味)の山や萱場かやばなど、基本的な生産に必要な設備の使用はできても、それ以上の設備の使用には制限がありました。

 これは階級制社会だった当時の時代を物語ると共に、限られた生産資源を維持するといった側面もありました。


 そういう階級制社会であっても必要とされた、ある意味『ゆがんで』『矛盾をはらんでいる』が、それらに目をつぶっても百姓の『生命維持装置』として半ば無理矢理に維持されたのが、この『惣村』という制度です。



【惣村はなぜ維持されなければならなかった?】

 作品中にあった様に中世は寒冷期で、米(気温の上下動に弱い特徴を持つ)が取れず、膨大な餓死者が発生する飢饉が毎年の様に続いていた為、人々は争い、奪い合うことでしか生き残ることが出来ません。

 そのため人々は団結し、奪うために掠奪し、奪われない様に防衛する必要がありました。


 惣村は所属する村人に対する徴税・裁定・軍事動員など命や財産を村のために差し出させたり、時には村のために理不尽な裁定を村人に強いたりしましたが、その強い権限、言い換えれば「村による」「村に所属する村人への」強い私権制限はこういった『強い外圧(外敵)』の下で、それらに対抗するために生まれ、維持されました。

 中世では個人の生命・財産・権利を踏みにじってでも、惣村という『戦乱の世における百姓たちの生命維持装置』を維持しなければならなかったのです。

 現代の人々が「ムラ社会」という言葉に感じる仄暗いイメージは中世の人々が生き残るために必死に考え出した知恵が源泉にあります(現代には必要ないが、中世当時は重要だったシステム)。



【まとめ】

 ①中世では社会の生産性の不足、相次ぐ飢饉などの天災から未だ個人で生きる事が難しく、その生命維持は専ら惣村という“集団”に任された。

 その『生命維持装置』である『惣村』を存続させるために、村人たちは生命・財産を含む全ての物を犠牲にせざるを得なかった。

 ②惣村は入札(選挙)によって、指導者層を自分たちで決めて自治を行っていた。

 しかし、その村の自治に参加が許されない者の存在や村の施設の利用に制限があるなど、矛盾もはらんでいた。それら身分差の問題を宮座などの“権力・世俗関係への無縁性”を団結の中核にする事で無理矢理、維持していた。


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 参考文献、参考サイト様に関しては次回まとめて書きます。


 お読みいただきありがとうございます。できればフォロー、評価、感想お願い致します。

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