前日譚 小春日和前 五、乾坤一擲ⅲ

◉登場人物、時刻

 ????     主人公。今回も出番なし。

 

〈戸田方〉

 保坂平左衛門   大久保六郎兵衛尉の家臣・

          家子いえのこ

          親族衆で今回が初陣。

〈南武方〉

 櫻井余呉右衛門  南武家の重臣。

          先陣を務める。

 このニ人は主人公ではありません。


辰初たつしょの刻 午前七時から八時


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前日譚 小春日和前こはるびよりのまえ 五、乾坤一擲けんこんいってき



 庚戌かのえいぬ二年長月十六日 辰初たつしょの刻 櫻井余呉右衛門(南武方先陣)


 当初の目論見は崩れた、と認めざるを得ない。

 この先はどうなるか解らぬ。若の本隊を含めれば、兵数はおそらく互角。だが、このような乱戦で物を言うのは下の者たちの大将に対する信頼だ。それが兵の粘り強さを生み出す。

 若殿は充分に英明の質であられるとは思うが、戦をする時は常に大殿が側に居られ、軍配を取っておられた。若殿お一人で兵と共に厳しい戦を戦い抜かれた御経験はない。この際、それだけが問題なのだ。

 ……いつもの様に大殿が居られぬ今、若殿はいまだ歳御若く、本隊の力は未知数である、と言わざるを得ない。頼りは我らのみだ。


 寺の前に陣を敷いていたが、有難い事に敵は突っ込んで来てくれた。ここは三方を崖に囲まれた奥まった土地になっている。


     (至戸田)            

丘丘丘丘丘崖道 川川川 崖丘崖丘丘川崖丘道丘

丘丘丘丘丘丘崖道 川川川崖丘崖丘丘小崖丘道丘

丘丘丘丘丘崖道  川川川崖丘崖丘丘川崖丘道丘

丘丘丘丘崖 道 川川川 崖丘崖丘小川崖道道丘

川小丘崖 道  川川川 丘崖丘小川  道

崖川小崖『本』 川川川  丘丘小丘    丘 

丘崖小川小洗小 川川川 崖       丘丘

丘丘崖崖 道 川川川川 崖 寺倉の集落  丘

丘丘丘崖 道   川川川崖 (戸田方)

丘丘丘丘崖道   川川川丘丘 『分』  丘丘

丘丘丘丘崖屋道  川川川 丘丘      丘

丘丘丘「神」道  川川川  丘丘丘崖   崖

丘丘崖屋  道  川川川    丘崖崖丘丘丘

丘丘    道  川川川  丘  丘崖丘丘丘

丘屋   屋道   川川川  丘   崖丘丘

丘屋『先』屋道屋  川川川    小小川丘丘

丘屋 『陣』道    川川川   川崖小小川

崖「寺」 丘道屋   川川川 小小川崖崖崖崖

崖崖丘丘崖崖 道   川川川小川丘丘崖崖丘崖

崖崖崖崖丘丘 道   川川川崖崖崖丘崖崖丘丘

   (至南武方、木花集落   

   =南武軍本隊の現在地)


 『先』=戸田先陣 『本』=戸田本隊

 『陣』=南武先陣 『分』=南武先陣分隊

 洗=洗い越し(路上河川) 

 「寺」=寺  「神」=神社

 屋=家屋(寺倉以外は半手〈中立〉)



 今は圧倒的に敵に勢いがある。何とか我らは防戦しつつ右手へ逃れ、今、我らが居る所に敵を押し込めれば、敵は身動きが取れず大勢たいせいが返ってあだとなり、我ら小勢こぜいでも優位に戦を進められるはずだ。


 先ずは敵先手を左方に引きずり込む事だ…………それだけを考えよう。



 庚戌かのえいぬ二年長月十六日 辰初たつしょの刻 保坂平左衛門(戸田方先陣)


 敵は逃げていく。殿しんがりを残して背を向けて逃げるのではなく、敵は全軍を二隊に分け、繰り引き*1しつつ、東方へ後退している。

 周りの大人達は意気を挙げ、敵の弱腰をなじっている。確かに敵は 真面まともに戦う気がない様に見えるが、自分は先程から嫌な予感が止まらない。

 …………繰り引きは勝つ事を諦めた者たちの戦術か?

 いや、そうではない。次の戦いに繋げる為に戦力を温存する為の戦術だ。

 敵は何かを狙っているのか?


 だが、ただの自分の“予感”だけで証拠もなしに六郎兵衛尉どのにお伝えするのははばかられる。


 …………自分の手並みの未熟さゆえに敵と正面衝突してしまい、馬に怪我をさせてしまった。先程から歩容ほよう*2がおかしく、隊の行軍に付いて行けそうにない。

 叔父御からは隊を離れて、本軍と合流し指示をあおぐように言われた。…………叔父御にその積もりはないだろうが、まるで戦力外を言い渡された様で自分への怒りで身の置き所がない。

 だが、この際、馬を潰して徒士侍かちざむらいになったとしても、戦い抜こう。それで死ぬならそこまでの人間だったという事だ。

 嫌な予感がする場所から尻尾を巻いて逃げ出すなど、武士もののふの在り方ではない。未熟だと言われるのは致し方ないが、臆病だと言われる事は許されないのだ。

 


 庚戌かのえいぬ二年長月十六日 辰初たつしょの刻 櫻井余呉右衛門(南武方先陣)


 辛抱強く繰り引きを繰り返し、何とか位置を入れ替える事に成功した。失った兵は少なくはないが、敵は狭い所に押し込められ、身動きが取れないでいる。


     (至戸田)            

丘丘丘丘丘崖道 川川川 崖丘崖丘丘川崖丘道丘

丘丘丘丘丘丘崖道 川川川崖丘崖丘丘小崖丘道丘

丘丘丘丘丘崖道  川川川崖丘崖丘丘川崖丘道丘

丘丘丘丘崖 道 川川川 崖丘崖丘小川崖道道丘

川小丘崖 道  川川川 丘崖丘小川  道

崖川小崖 道  川川川  丘丘小丘    丘

丘崖小川小洗小 川川川 崖       丘丘

丘丘崖崖 道 川川川川 崖 寺倉の集落  丘

丘丘丘崖 道   川川川崖 (戸田方)

丘丘丘丘崖道   川川川丘丘 『分』  丘丘

丘丘丘丘崖屋道  川川川 丘丘      丘

丘丘丘「神」道  川川川  丘丘丘崖   崖

丘丘崖屋  道  川川川    丘崖崖丘丘丘

丘丘『本』 道  川川川  丘  丘崖丘丘丘

丘屋   屋道   川川川  丘   崖丘丘

丘屋   屋道屋  川川川    小小川丘丘

丘『先『陣』道    川川川   川崖小小川

崖「寺」 丘道屋   川川川 小小川崖崖崖崖

崖崖丘丘崖崖 道   川川川小川丘丘崖崖丘崖

崖崖崖崖丘丘 道   川川川崖崖崖丘崖崖丘丘

   (至南武方、木花集落   

   =南武軍本隊の現在地)

 

 『先』=戸田先陣 『本』=戸田本隊

 『陣』=南武先陣 『分』=南武先陣分隊

 洗=洗い越し(路上河川) 

 「寺」=寺  「神」=神社

 屋=家屋(寺倉以外は半手〈中立〉)



 敵はこちらへと慌てて攻勢を仕掛けてくるが、あらかじめ言い含めておいた我が隊の攻勢の方が一瞬早かった。敵は横に広がることも出来ず、右往左往している。今や此方こちらが敵を押し始めている。



 ………………その時気づいた、敵の違和感に、何故…………


「使番ッ!、」

 使番を呼ぶ。勝てる、この戦は勝てる!!


 …………しかし、使番がやって来る前に、

 「殿ぉっ?!敵が、敵の軍勢が右手からっ!」



 

 …………ナン、ダト……………………



 慌てて右を見る。

 その眼に映った光景は、




 河の轟音ごうおんよりも音高く、

 馬蹄ばていを天にひびかせて、

 やりそろえて、整然と、

 こちらに襲いかかる敵本隊の大軍勢だった。



うたがふらくは銀河ぎんが九天きゅうてんよりつるかと”

(あぁ、その水の暴流はまるで、銀河の天の川から落ちてきたのでは無いか、と疑ってしまう)



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◉用語解説

*1【繰り引き】

 本来の「繰り引き」は殿しんがり(撤退時に最後まで戦場に残り、他を逃す為に最後まで戦う軍勢・隊)を二つに分け、片方が攻勢に出て片方が逃げ、しばらく距離を稼いだら攻勢に出た側が後退を初めて、先に逃げたもう一方が攻勢に出てもう一方の後退を援護する撤退戦術ですが、この場合、隊の戦力が少ないので全軍を二つに分けて繰り引きをしています。


*2 【歩容ほよう

 馬の歩く様子。馬の状態。


 今話で前半戦が終了です。

 二話ほど幕間劇をはさんで、後半戦です。


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