一章 棟梁襲名 十二、対高雲斎戦Ⅶ

◉登場人物、時刻

於曽右兵衛尉  棟梁方討ち手の大将。

余戸左衛門尉  棟梁方討ち手の寄騎。


戸田高雲斎   棟梁家に連なる有力國人衆。

        棟梁家の家督争いに乗じて叛旗を

        翻す。


????    主人公。次期棟梁。

        今回は出番あり。


午正の刻    正午から午後一時。

未初の刻    午後一時から午後二時。


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一章 棟梁襲名 十二、対高雲斎戦Ⅶ

丁卯ていう如月十四日 午正うませいの刻 於曽おそ右兵衛尉ひょうえのじょう


 ……目の前で宗家の兵が引いていく。

 崩れてはおらぬ、今は、だ。

 余戸よと左衛門尉えもんのじょう殿が大声で「引くな、返せ!」と下知げちしているのが見える。

 だが、それに耳を貸す兵は居らぬ様だ。

 ただ一騎、留まる故、最前線に取り残されつつある。

 於曽の兵も全力で支援するが、全く敵方の攻勢を引き止められていない。

 このままでは余戸左衛門尉殿も危うい。

 この戦、これまでか……


 左衛門尉殿に向け、右手を高く挙げる。

 手首を回して、河へ向けて振り下ろす。

 戦前いくさまえにいざと言う時の為に決めて置いた合図。

 我らはこのまま殿しんがりを務める。

 左衛門尉殿はしばし固まった後、宗家衆をまとめて少しずつ後退し始める。



 ……考えてみたら、良くこんな老体になるまで生き永らえたものよ。

 いつの間にか國人衆や被官衆の利害調整など、窮屈きゅうくつな仕事が増えていった。


 だが、事ここに至り、後は何も考えずとも良い。ただ一騎の武者として、武をほこるのみ。残された時間、全て儂のものだ。


 ……フンっ

 鼻息荒く笑みを浮かべる。

 この程度の窮地きゅうち、今まで何度も何度も経験した。適当に蹴散けちらして仕切り直す。ただそれだけだ。

 しくじれば、おっぬだけよ。


 ……若造、足りぬわ、この首に届かぬぞ。

「さて、やるか」

 先ずは全力で敵に当たり、しかる後、後退する。



 丁卯四年如月十四日 未初ひつじしょの刻 戸田高雲斎


 於曽右兵衛尉殿が張り切っている。

 アレは死兵だ。

 率いてきた内の少なくない兵数、八騎、総勢四十五人の兵に半包囲させる。下手に手を出すと火傷やけどする。逃さぬ様に気を付けつつ、防戦につとめて、遠巻きに仕留めれば良い。


 見事な武者振りに華をえてやりたいが、我らにはこの後も戦が続く。此処ここで兵を失う訳にはいかぬ。

 右兵衛尉殿のいる方角へと頭を下げる。



 ……宗家だ、棟梁だとデカい面をするが、奴らは厄病神だ。他国の大戦おおいくさに参加して負け戦に巻き込まれ、國内くにうちが荒れに荒れた。國内に他國勢の介入を許し、今もその影響を押し返しきれぬ。


 だと言うのに、今度は親、兄弟で争い始めおった。國内中くにうちぢゅう、上士から百姓どもまで塗炭とたんの苦しみに喘ぐ。


 これを厄病神と言わず何と言う?

 奴らがこの國を治める事自体が不幸なのだ。先ずは彦八郎を神輿みこしに担ぐが、必ず、必ずそのままにはせぬ。この俺がとって変わる。


 俺がこの國の主となれば、必ず強き國になる。上士、百姓に至るまで笑うて暮らせる國にするのだ。



 その為には先ず……

 べろり、と舌舐めずりをする。

 右兵衛尉に少なくない兵を割いた為、宗家の兵に対する圧力が少なくなっている。敵方右翼が少しずつまとまり始め、組織的抵抗を試みつつある。イケないねぇ。ある程度は成功を収めつつある様で、味方勢は手古摺てこずっている様だ。洒落臭しゃらくせぇ。

 ……奴らを逃す手は無いねぇ。

 深追いは不味いが、河の手前までは良かろう。


「我らも出るぞ!者ども、手柄を立てよ!馬、けぇ!宗家の兵を叩く!」

 本陣の兵が華やぐ。手柄の予感に高揚を覚えている。命を賭けてバクチに勝つ。められないねぇ。


「者ども、総攻めよ!かかれや、かかれ!勝ちは直ぐそこにある!!」














丁卯四年如月十四日 未初の刻 ????


 ………………………………今ぞ!




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 今回もお読み頂き有難うございます。


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