一章 棟梁襲名 十、対高雲斎戦Ⅴ

◉登場人物、時刻

於曽右兵衛尉  棟梁方討ち手の大将。戦巧者。

上原備中    宗家直参の侍。中央の陣の所属。


戸田高雲斎   有力國人衆。棟梁家の血に

        連なる。棟梁家の家督争いに

        乗じて叛旗を翻す。

大堂辻前大隅  豪農。乙名衆。若衆のリーダー的

        存在。軍役二鑓。

        戸田方の在郷被官。


????    主人公。次期棟梁。


巳正の刻    午前十時から午前十一時。

午初の刻    午前十一時から正午。


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一章 棟梁襲名 十、対高雲斎戦

丁卯ていう四年如月十四日 巳正みせいの刻 於曽おそ右兵衛尉ひょうえのじょう


 戦が始まり半刻が過ぎようとしている。

 今の所、互角に事を進めてはいるが、中央の陣が薄い分、少しずつ押されつつある。


 ……あと少し、あと少しだけってくれ……

 左翼の於曽の兵を鼓舞する。

 細心の注意を払い、崩れかけた戦線に予備兵を入れ、持ち堪えさせる。

 あと少し……



 丁卯四年如月十四日 巳正の刻 大堂辻前おおどおのつじのまえ大隅おおすみ


「よし!押し込め!勝てる、勝てるぞ!」

 山口弥兵衛、木村佐兵衛ら小百姓隊が隊列を乱して押しかりし始める。

 遺憾いかん!奴ら、初めての戦場で我を忘れておる。

 御家来さまは……止めぬつもりか!

『瀬踏み』に使う気※だな。


「隊列を乱すな!戻れ!そちらは中央の陣だ!隊列に戻れ!」

 だめだ、恐怖と欲望で聴こえていない!



 丁卯四年如月十四日 巳正の刻 上原備中


 此度の戦は異例尽くめだ。

 我ら宗家衆は棟梁の軍配にのみ従う。

 だと言うのに「此度の戦は於曽右兵衛尉殿の差配に従う様に」との下知があった。

 …………誰から?


 我ら宗家衆は棟梁の軍配にのみ従う。誰とも判らぬ下知に従うなど我らの誇りが許さぬ。棟梁が不在の戦は戦功も認められるかどうか、判らぬ。棟梁以外の恩給など我らには必要ない。


 そもそも我らにとって於曽も戸田も大して変わらぬ。

 我らのみが宗家の兵。彼奴腹きゃつばらなど何時裏切るかも知れぬ。宗家の招集であったから応じたが、誤りであったか……


 ……この戦で死しては、犬死にだ…………



 丁卯四年如月十四日 午初うましょの刻 於曽右兵衛尉


 ……中央の陣が崩れる。潰走かいそうこそしていないものの、はっきりと判る速度で後退する。

 我ら於曽の左翼は踏ん張り、その場に留まる事に成功する。

 左翼に当たっていた敵勢も勢い、中央へ引き寄せられていく。


 ……今じゃ!

 左翼の左方、外半分を使い、敵方の右翼に横槍を入れる。

 声にならない叫びが戦場を支配する。


 ……その時、確かに戦場の流れが変わった。



 ……この時、於曽右兵衛尉の取った作戦は元々の『無理押しはせず、敵を引き摺り出し、相手方に出血を強い、兵を温存し時を稼ぐ』という戦略を、引かずにその場に留まって行える様、アレンジしたものだ。

 ある程度の犠牲が出るが、許容し当初の目的を達成する。一部の陣を薄くし、わざと後退させ、少しずつ左翼への圧力をいなしてその場に留まる事により、時間差で横撃を加える。


 古くは大王Alexandrosなどに見られる斜行陣の亜種。充分な準備が有れば、後世に名を残す戦になったであろうと……



 丁卯四年如月十四日 午初の刻 戸田高雲斎


「……成る程ねぇ。大したモンだわ。お見事、お見事。まっ、でも、それが限界だよねぇ……」

 本陣にて嘲笑あざわらう。



 丁卯四年如月十四日 午初の刻 ????


「若っ!」

 騎侍の一人が声を挙げる。小さいが鋭い声。

「好機ですぞ、今、攻め寄せれば!」


 ……だだ。

 軍配を抑え、兵を鎮める。

 兵どもは直ぐに興奮状態からめる。

 ……良きつわものどもよ。



 いまだ、好機にあらず。


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◉用語解説

【『瀬踏み』に使う気】

 この場合の意味は棟梁方の敗勢が、本当の敗勢か、それとも敵の計略か判断がつかなかったので、自前の家来や装備の良い軍役衆を温存し、小百姓隊だけ先行させて様子を見た、の意味。


今回もお読み頂き有難うございます。

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