一章 棟梁襲名 四、大堂辻前大隅

話は二十日程、さかのぼって……


◉登場人物、時刻

????    主人公、今回は出番なし。

大堂辻前大隅  軍役衆を務める豪農、在郷被官。


卯初の刻    午前5時〜6時


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一章 棟梁襲名 四、大堂辻前おおどうのつじのまえ大隅おおすみ



丁卯ていう四年正月廿伍にじゅうご日 卯初うしょの刻 大堂辻前おおどうのつじのまえ大隅おおすみ


 この國の春は美しい。

 ……厳しい冬の名残が残る寒い土地だが。

 短くとも、いや、だからこそ花々が今を限りと咲き誇る、鮮烈せんれつな命の輝きが。

 いとおしい。愛しゅうて、愛しゅうてたまらぬ、この國が。


……例えこの國が我らを愛さなかったとしても。




 この國は摺鉢様すりばちようであるらしい。

 われの主観で言えば坂の國である。ひんがしから西にかけて落ちこんでゆく急坂の國。そして、西の端にあるこの鏡村かがみむらはこの國の奈落さいていへんにある。


 我がいえとうの枝に連なるとも、海をへだてた外の国の王家の末とも言うが、他人はたれもそうは呼ばぬし、実は我も然程さほど、興味が無い。

 多数の下人を抱える豪農で、村のたばねとなる寄合よりあい乙名衆おとなしゅうが一人。この村で最も大きい八貫はちかん二百文にひゃくもん免田めんでん※を許され、自分も含めて二鑓二領※の軍務を務める軍役衆ぐんえきしゅうとは言え、百姓は百姓だ。

 その事実の前では血筋など無益である。


 棟梁家の一族で、遥か昔、武名を轟かせた勇者が再興した大寺おおでら七堂伽藍しちどうがらん。その堂の立つ四つ辻に居を構えるから大堂辻前おおどうのつじのまえ受領名ずりょうめい※は大隅おおすみ

 我は大堂辻前おおどうのつじのまえ大隅おおすみと申す在郷被官ざいごうひかんである。




 ……飯を食えずとも朝日は昇る。

 ひんがし坂の上、お山の上から峻烈しゅんれつな朝日が。寒々しい、ピンと張り詰めた空気。「冬はつとめて」と申すが、新春を迎えてのこんな時期でも未だ早暁そうぎょうは厳しい。

 で、あるならば……


 ……考えてみれば「春」は「あけぼの」であったか。ならば冬も春も朝が良い、という事だ。

 

「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる」


 ………………いよなぁ、い。

 腹は減っても、は心を満たす。

 今は辛くとも、明日を信じる活力に成り得る。

 こうして見苦しく足掻あがくだけのせいでも、いつか歴史になり、それを美しく思いながめる誰かがいる事を教えてくれる。


 自分の苦しみは無駄では無いのだ、と教えてくれる。


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◉用語解説


出典  清少納言『枕草子』より


【免田】

 本来の意味は古代末期から中世日本において『国が規定の課税を免除するのを認めた土地』ですが、この作品では『知行地として与えられたのでは無く、あくまでも課税地ではあるが、軍役を務める代わりに課税を免除された土地』と言う意味で使っています。正式な用語の使用ではありません。


【二鑓二領】

 ここでは二鑓は二本の槍持ち、二領は具足を付けた兵二人。合計四人では無く、一本ずつ槍を持った兵を二人出す軍役。


【受領名】 

 朝廷から正式に許される事なく、武家が自ままに名乗った官職名。自分で決める場合と主家から許される場合がある。親の受領名を引き継ぐ場合も多い。百家名ともいう。


 今回もお読みいただきありがとうございます。


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