一章 棟梁襲名 三、対高雲斎戦Ⅰ

◉登場人物、時刻

????   主人公。次期棟梁。今回出番なし。

 

於曽右兵衛尉  棟梁家の乙名(重臣)。戦巧者。

余戸左衛門尉  棟梁家の乙名(重臣)。


卯初の刻    午前五時から午前六時


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一章 棟梁襲名 三、対高雲斎戦Ⅰ


丁卯ていう四年如月十四日 卯初うしょの刻 於曽おそ右兵衛尉ひょうえのじょう


 高雲斎殿の館はこの國の西方にある。

 大街道を西へ発向し、途中で南に折れ、麻原の渡しで大河を渡れば、戸田の村落はもう直ぐそこだ。


 馬上の侍衆に付き従う隋兵ずいへいどもの吐く息が白い。ほころぶ如月の半ばとは言え、まだ明けきらぬ早暁そうぎょうともなれば、寒い。

 あとしばし待てば、うめが楽しめる季節になろう、そこまで生きて居られれば。



 ……この戦は難しい。独り、黙考する。


 宗家とも同族の國人衆、戸田とだ高雲斎こううんさい殿が戸田館に兵を集めている。物見によれば四十余騎、総勢百五十余人程。

 しかも、集めている理由について、二度ほど詰問きつもんの使者を送ったが、明確な説明は無い。演習である、との一点張りである。

 これは明確な背信行為である。

 しかも、戸田方は南武刑部大輔殿と争っているが、最近は積極的には動いていない。

 恐らく、いや間違いなく矛先は宗家であろう。


 戸田の館は滝沢川と坪川に挟まれた中洲にある。

 ここら一帯は河内路が通る交通の要所だ。平地の城ではあるが、周辺は湿地帯で泥田どろたと水掘に囲まれていて守りが硬い。これを攻めるとなるとかなり骨が折れそうだ。


 独断で於曽からは動員出来るだけ動員してきた。

 騎侍一騎、長柄持三人、弓持一張、小旗持一人。それぞれ二人の被官や軍役衆が付いて総勢十九人。急であった事、また余り大勢を引き連れる訳にもいかず、これが限界だった。


 宗家の兵は騎侍二騎、長柄持四人、鑓持一人、弓持三張、小旗持一人。此方こちらはそれぞれ、四人の被官や軍役衆が付いて総勢五十六人。

 御屋形様不与の噂が流れ、兵どもの集まりが悪い。宗家の兵は武装は立派だが、此度は御屋形様の軍配ぐんばいを預かった訳ではなく、宿老の合議で儂が率いる事に決まっただけなので、その差配に従うかも未知数だった。


 出来ればもう少し兵が集まるのを待ちたかったが、棟梁・宗家たる本拠が名族とは言え國人衆、しかも自らの支族に攻められては、面子に傷が付く。

 受け身の戦では國人衆の受けが悪い。向後こうごに関わる。……確かに一理はある。

 急ぎ一当てすべし、との声を抑えられなんだ。




 ……此度こたびは勝ち切る事は難しいやも知れぬ。

 はかりを巡らせる。


 戸田の近郷には雨鳴うなり新左衛門しんざえもん殿が居る。雨鳴は我らの御味方では無いが、戸田に本貫ほんがんの地※を抑えられていて、歴史的に仲が悪い。


 だが自らをかえりみて、我らも國人衆達が如何どういう動きをするか見極められておらぬ故、背後が安泰では無い。手古摺てこずると雨鳴が我らに矛を挙げる可能性もあり得る。


 先ず、負けぬ戦を為す事が肝要である。

 五分の勝ちで良い。最悪、一分の負けは構わぬ。潰走かいそうし、痛手を受ける事だけは避けねばならぬ。背後に雨鳴の脅威を感じている以上、戸田方もこちらが潰走せねば、追撃は掛けられぬであろう。


 自陣の損害を抑え兵を温存し、相手に出来得る限りの出血をい、かまえの再編が必要になれば宗家の本拠への攻撃を遅らせる事が出来る。また望みは薄そうではあるが、二陣の着到まで時を稼げれば、優勢にも出来よう。

 決着は此度で無くても良い、今は時間を稼がねば。




 ……この様な時にあの御方がいて下さったら。

 「ハッ」

 失笑する。齢九つの童に頼るとは、儂もヤキが回ったか。



「……如何いかがされましたか?」


 かたわらを進む老侍が話しかけてくる。

余戸よと左衛門尉えもんのじょう殿は北の地に本拠を置く國衆で、宗家に忠誠を誓う誉高ほまれたか武士もののふだ。

 番方※として御屋形に詰めて居られたが、寄騎よりきとして参陣を申し出てくれた。余戸の兵は北の抑えの為、動かせなかったが、此度こたびは本家の兵を受け持つ。


 自らの兵では無く、他家の兵だけを率いて劣勢の戦に臨むのは、かなりの貧乏籤びんぼうくじである。

 ……申し訳ないが素直に有り難い。左衛門尉殿が居なくては勝ちは見えなかったやも知れぬ。


「いや何、今頃若様は何をしておいでか、と」

「何故オレを戦に出さぬ!と大暴れしておられるでしょうな」


 二人の間に妙な笑いが起き、肩の力が抜ける。

 ……うむ、まだ大丈夫だ。


「……此度の戦、無理押しはせぬ。劣勢を侮り野戦になるか、館攻めになるかは解らぬが、館攻めなら遠巻きに圧力を掛け、野戦ならば敵を引きり出し、その攻勢をとがめ、意気をくじく。相手方に出血を強い、我らは兵を温存し時を稼ぐ」


「……うけたまわった」


 左衛門尉殿は歴戦の勇士。これだけ言えば解った様だ。

 此度の戦、負ける訳にはいかぬ。


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◉用語解説

【本貫の地】

 その武士が発祥した元々の本拠地。


【番方】

 警護役の事。


今回もお読み頂き有難うございます。

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