一章 棟梁襲名 二、合議
時間は少し巻き戻って……
◉登場人物、時刻
???? 主人公。今回、出番無し。
於曽右兵衛尉 棟梁家の重臣。戦巧者。
往太伊豆守 棟梁家の宿老。
古関相模守 棟梁家の宿老。
八幡二郎兵部 棟梁家の宿老。
亀沢帯刀入道 棟梁家の重臣。國人衆。
南武刑部大輔 棟梁家の宿老。大身の國人衆。
前棟梁に妻を娶らせた
『当國棟梁之伯父』。
寅初の刻 午前三時〜午前四時
亥正の刻 午後十時〜午後十一時
卯初の刻 午前五時〜午前六時
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一章 棟梁襲名 二、合議
火急の報せに集まった
十三日、
冷き闇に
屋形警護の武者どもが
………………流れは良くない。
「……で、
家中切っての名族で血筋の良さだけで言えば、棟梁家とも張り合える重鎮。
思慮深い人物であるが、やや決断に欠ける所があると
「……急ぎ早馬を飛ばし、兵達の参集を急がせてはおりますが、
古関相模守殿。
今より遥かな昔。京の主上が為、
無柄だが、肩と背に“下がり藤”の大紋打ちたる
政経に通じた人物であるが、國内に確たる地盤が無い
壮年から老境に入りつつある、熟達の
「
往太殿の遠縁で往太殿の先祖に故郷を追われた。
その後、往太殿の先祖も同じこの國に移る事になる。
身幅が大きく、品は無いが実用的に見える。
攻勢に強く、型にはまると力を発揮するが、想定外の事が起こると
大鎧を付け戦に出るを好む。勇猛果敢、名門の若武者。
「
老練の
「とは言え、兵どもの集まりが悪う御座います。今
危険を感じ、流れを変える為に発言する。
……お歴々が渋い顔をする。先程から堂々巡りだ。
確かに國人衆にどう思われるか、と言うのは大事だが今はまだ六騎、総勢
このまま出陣して負ければ、取り返しが付かない。敵を抑えるにしてもせめて二十五騎、百二十人は欲しい。
念の為、我が勢を連れてはきたが……
その時、
「おぉ、これは皆々様方。遅参の
……不思議と明るい声が停滞していた空気を破った。
大小は持っておらず、石目地の懐剣一つを大振りな
南部に一大勢力を築き、他国とも
……棟梁家が二派に別れ相争っておる現状、この國にこの御仁を止められる者は居らぬやも知れぬ。それ程の御方が何故?
常であればこの様な合議に顔を見せぬはずだが……
「おや?刑部大輔殿。この様な場で御見かけするとは御珍しい……」
勢力で劣るとは言え、名門の往太殿が気負うでも無く声をかける。
「戸田づれが御家に
苦々し気に南武殿が答える。
……そう言えば、南武殿は戸田殿と先年、合戦に及んでいたか。
「おぉ、
身振り手振りも大きく、まるで能役者の様であった。
「……残念ながら
申し訳無さそうに、南武殿が答える。
……ならば
ただで頭を下げる様な殊勝な御仁では無いはずだが……
「……不覚で御座った。この事あるを知っておれば、必ずや
南武殿の
……それはそうだろう。
もし、この時期に大兵を率いて御屋形に向かえば、真っ先にその者の謀叛が疑われたはずだ。
「だが、無いものを嘆いても始まらぬ。このまま待っておっては、事態は悪くなるばかり。兵書にも『兵は拙速を尊ぶ。未だその功の久しきを観ざる也』と申す。
「
……不味い。南武殿の扇動に
「しかし未だ六騎しか参集して居らず、この様な小勢ではどの様にしても勝つ事は見込めませぬ。今少し、慎重な検討が必要かと存じます」
……焦りを表に出さぬ様、なるべくゆったりと物を言う。
知ってか知らずか、それを振り払う様に
「それよ。その
ならば、御屋形警護の宗家の兵より半数の五騎
その間に時を稼ぎ兵を集め、第二陣を発向させれば、勝ちは疑いない。これぞ必勝の兵法と言うべきものでは御座らんか!」
と明るく、恐ろしい事を
……それはいかん!
第一に屋形の兵を合力させても敵方に比べ
第二に参集している兵にしてもそうではあるが、そもそも宗家の兵は宗家の下知にしか従わぬ者。火急の際には代将立つ、の前例が無いでは無いが、御屋形警護の務めの内はその法を堅く守るのが
何より、各地から参集する被官、國人衆どもが必ずしも腹に一物を持っておらぬとは限らぬ事。もしこの様な時に御屋形の宗家の兵を半数減らしてしまえば、取り返しの付かない事態になりかねぬ!
「御安心召されよ」
……こちらを見透かした様に、
「御屋形の防備はこの刑部が一命を
今まで笑っていたのが嘘の様に、底冷えのする目でこちらを
「この刑部を、
「いや、皆々様方には御納得頂けた様で
…………打って変わって響く、明るい声。
合議の参加者が頷いている。
……この危急の時、本来居るべき、空席の当主棟梁席に目を向ける者は、誰も居なかった。
御屋形の
我が於曽の兵は
これより敵を討ちに征く。
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◉用語解説
【深蘇芳、月白】
深蘇芳はほとんど黒にみえる赤茶色、月白は薄い青みを帯びた白。
【素襖】
直垂の一形態で大紋の簡易版。大紋に次ぐ礼装とされた。
【牽強付会】
自分の都合の良いように強引に理屈をこじつける事。
【間緩い!】
する事が遅く間に合わない、手間取って役に立たない様。(ま)のろい。遅い。
【赤地蜀江錦の鎧直垂】
赤地蜀江錦は赤色の豪華な装飾の唐物の絹の布地。鎧直垂は大鎧の下に着る服。
当時の服飾規定では絹の直垂は大名かそれに準ずる人のみに許されたものですが、その規定を決めた朝廷・幕府の権威が失墜しているので「褒められた物ではない」程度で済んでいます。
【金梨地】
漆工芸の技法の一。飴色の梨地漆を塗り、その上から金粉を散らし、更に仕上げの漆で固めたもの。
【檜皮色】
ヒノキの樹皮の様に黒みがかった茶色のこと。
【勝色の無紋の布衣の下腹巻に生成りの袈裟を裹頭に付け】
勝色は黒に見える程、暗い藍色。下腹巻は腹巻と呼ばれる簡易な鎧を布衣と呼ばれるゆったりした服の下に付ける事。
生成りの袈裟は晒す前の木綿本来の色である赤黄身がかった白色の袈裟(僧侶が肩からかける布)で『裹頭に付け』は頭を布で包む事。
武蔵坊弁慶(僧兵)が頭にしている布を思い浮かべて頂ければ。
【切目縁】
屋根の内側にある縁側。大河ドラマなどで良く観る大広間(会所)から見える廊下を想像して頂ければ。
【紅の匂】
戦国時代の技術で作られた絹糸はまだ細く、その生地で出来た服は裏の生地の色が見える程、薄い物でした。
その事を逆手に取ってワザと裏地の色を透けさせ、その変化を楽しむ当時のファッションを『重ね色目』と言いました。
匂はその中でも同色系統をグラデーションさせるファッションで、ここでは赤色系統でまとめているものになります。
【蝙蝠扇】
竹や木を骨として片面に紙を貼って作られている扇。開いた姿がコウモリが羽を広げた姿に似る所からこの名がある。扇子。
【仰々しい】
大袈裟な様。
【隋兵】
身辺警護の兵。
【
未熟な様。自分に対して使用する言葉。
【
激しくなげき心配する様。
「兵事とは自らが事を動かしてこそ、と存ずる」
→「戦争は自分から動いて、事態をコントロールしてこそ勝てるのだと思う」
「然り!!」→「その通り!!」
【一備】
一軍、一隊の意味
【『我は
戦力を小分けにして逐次投入することを戒めた言葉。「我は専にして一となり、敵は分かれて十となれば、これ十を以ってその一を攻むるなり。即ち我は衆にして敵は寡なり。」(孫子)
【着到改め】
軍役衆が確かに参集しているか、参陣した兵の装備が規定通りであるか、点検する事。
【主要参考文献】
◉八條忠基氏 「日本の装束 解剖図鑑」
エクスナレッジ2021年
『有職装束大全』で著名な八條忠基先生の本でイラストや解説が多く、かつ『有職装束大全』ほど情報量は多くないので、初心者にも分かりやすい本でした。ながめるだけでも楽しい本です。
今回もお読み頂き有難うございます。
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