一章 棟梁襲名 二、合議

 時間は少し巻き戻って……


 ◉登場人物、時刻

 ????    主人公。今回、出番無し。


 於曽右兵衛尉  棟梁家の重臣。戦巧者。

 

 往太伊豆守   棟梁家の宿老。

 古関相模守   棟梁家の宿老。

 八幡二郎兵部  棟梁家の宿老。

 亀沢帯刀入道  棟梁家の重臣。國人衆。


 南武刑部大輔  棟梁家の宿老。大身の國人衆。

         前棟梁に妻を娶らせた

         『当國棟梁之伯父』。


 寅初の刻  午前三時〜午前四時

 亥正の刻  午後十時〜午後十一時

 卯初の刻  午前五時〜午前六時


-----------------------


一章 棟梁襲名 二、合議


丁卯ていう四年如月十四日きさらぎじゅうよっか 寅初とらしょの刻 於曽おそ右兵衛尉ひょうえのじょう


 火急の報せに集まった合議ごうぎ大詰おおづめを迎えつつある。


 十三日、亥正いせいの刻より始まった合議は日をまたぎ、二転三転しながら、落着へと向かいつつある。


 冷き闇に清気きよげに月が浮かんでいる。

 屋形警護の武者どもが篝火かがりびの下、寒そうに身を震わしている。



 ………………流れは良くない。




「……で、如何いかにする?」

 れた意識を男の声が呼び戻す。


 往太おうだい伊豆守いずのかみ殿。


 家中切っての名族で血筋の良さだけで言えば、棟梁家とも張り合える重鎮。


 先間菱さきあいびし飾紋かざりもんを幾重にも薄く打ちたる、深蘇芳こきすおう※の落ち着いた色の狩衣かりぎぬ折烏帽子おりえぼし

 黒漆こくしつこしらえた打刀は地味だが、柄巻つかまき月白げっぱく※、金物かなものにぶい金でしつらえており、上品な中にも華がある。


 思慮深い人物であるが、やや決断に欠ける所があるともくされている。歳は壮年で、働き盛り。




「……急ぎ早馬を飛ばし、兵達の参集を急がせてはおりますが、くだんの噂もあり、中々集まりが悪く……」


 古関相模守殿。


 今より遥かな昔。京の主上が為、叛逆者はんぎゃくしゃを討ち勇名を馳せた古代の将軍の血に連なる者。


 無柄だが、肩と背に“下がり藤”の大紋打ちたる濃藍こあい素襖すおう※に侍烏帽子さむらいえぼし

 鮫鞘さめざやの揃いの大小はの広さに丁度良く、片時も油断しておらぬ様が見て取れる。


 政経に通じた人物であるが、國内に確たる地盤が無い所為せいもあって自家の勢力伸張せいりょくしんちょうに熱心で、ともすれば牽強付会けんきょうふかい※である、と見られる事もある。

 壮年から老境に入りつつある、熟達の強者つわもの




間緩まぬるい!※叛徒はんとどもなどって討てば良い!噂など、下らん!」


 八幡やはた二郎兵部じろうひょうぶ殿。


 往太殿の遠縁で往太殿の先祖に故郷を追われた。

 その後、往太殿の先祖も同じこの國に移る事になる。


 められた物ではない、古風な赤地あかじ蜀江錦しょっこうにしき鎧直垂よろいひたたれ※に折烏帽子おりえぼし

 金梨地きんなしじ※に「月に北斗星」の飾紋かざりもんの入った糸巻拵いとまきこしらえの太刀をかたわらに置いている。

 檜皮色ひわだいろ※の柄巻つかまきに、白銀しろがね金物かなもの

 身幅が大きく、品は無いが実用的に見える。


 攻勢に強く、型にはまると力を発揮するが、想定外の事が起こるともろい。

 大鎧を付け戦に出るを好む。勇猛果敢、名門の若武者。




いずれにせよ、この屋形が攻められるのはうまくない。当方の武威ぶいを侮り、向後こうご、國人衆の中で離反する者が増えるやも知れぬ。今すぐにでも兵を挙げ、敵方の本拠を突き、棟梁家の気概を見せねば」


 亀沢かめざわ帯刀入道たてわきにゅうどう殿。


 勝色かついろの無紋の布衣ほいの下腹巻に生成きなりの袈裟けさ裹頭かとう※に付け、五尺七寸の大柄に合う螺鈿拵らでんこしらえの大太刀を傍に置いている。


 老練の古兵ふるつわもので攻めに強く、護りに堅い。古き國人衆の気風を良く残した武者で、良くも悪くも独立心が強い。




「とは言え、兵どもの集まりが悪う御座います。今しばし待たねば。発向して万が一負ければ、武威どころの話ではありませぬ」


 危険を感じ、流れを変える為に発言する。

 ……お歴々が渋い顔をする。先程から堂々巡りだ。


 確かに國人衆にどう思われるか、と言うのは大事だが今はまだ六騎、総勢さんじゅう余人に満たない。

 このまま出陣して負ければ、取り返しが付かない。敵を抑えるにしてもせめて二十五騎、百二十人は欲しい。

 念の為、我が勢を連れてはきたが……



 その時、切目縁きりめえん※から足音が聞こえ、


「おぉ、これは皆々様方。遅参の御無礼ごぶれいつかまつった」


 ……不思議と明るい声が停滞していた空気を破った。


 南武なんぶ刑部大輔ぎょうぶたゆう殿。


 臥蝶丸ふせちょうまる飾紋かざりもんを幾重にも薄く打ちたる、紅のにおい※の小直衣このうしは大きく、白地金襴はくじきんらん頭巾形ずきんなり

 大小は持っておらず、石目地の懐剣一つを大振りな蝙蝠扇かはほりおふぎ※と共に腰に差している。


 南部に一大勢力を築き、他国とも頻繁ひんぱんに遣り取りをする、そればかりかひな大樹たいじゅともじかに遣り取りする昵懇じっこんの間柄で、前棟梁さきのとうりょうにも娘を嫁がせた、この國一番の重鎮。老練ろうれんなる政治家。

 ……棟梁家が二派に別れ相争っておる現状、この國にこの御仁を止められる者は居らぬやも知れぬ。それ程の御方が何故?

 常であればこの様な合議に顔を見せぬはずだが……



「おや?刑部大輔殿。この様な場で御見かけするとは御珍しい……」

 勢力で劣るとは言え、名門の往太殿が気負うでも無く声をかける。


「戸田づれが御家に叛旗はんきひるがえした、と聞きましてな」

 苦々し気に南武殿が答える。

 ……そう言えば、南武殿は戸田殿と先年、合戦に及んでいたか。


「おぉ、しからば南武殿も兵をお出し頂けると?」

 仰々ぎょうぎょうしい※物言いは古関殿。

 身振り手振りも大きく、まるで能役者の様であった。


「……残念ながら此度こたびは少数の隋兵ずいひょう※しか連れておりませんでな」

 申し訳無さそうに、南武殿が答える。


 ……ならば何故なにゆえこの様な場に。

 ただで頭を下げる様な殊勝な御仁では無いはずだが……


「……不覚で御座った。この事あるを知っておれば、必ずや大勢たいせいを引き連れ、棟梁家に対し奉り身を楯にし、矛にもして、忠義の限りを尽くしたものを。ただこの刑部、浅学菲才せんがくひさい※の身なれば、戸田めの叛心を見通せず、無念の至りに御座る」


 南武殿の慨嘆がいたん※に古関殿以外は目を白黒させて驚いている。

 ……それはそうだろう。

 もし、この時期に大兵を率いて御屋形に向かえば、真っ先にその者の謀叛が疑われたはずだ。


「だが、無いものを嘆いても始まらぬ。このまま待っておっては、事態は悪くなるばかり。兵書にも『兵は拙速を尊ぶ。未だその功の久しきを観ざる也』と申す。兵事へいごととは自らが事を動かしてこそ、と存ずる※」

しかり!!※」

 堪え性こらえしょうの無い八幡殿が間髪入れず、叫ぶ。


 ……不味い。南武殿の扇動にあおられて、合議の席が冷静さを失いつつある。この流れは止めねば。


「しかし未だ六騎しか参集して居らず、この様な小勢ではどの様にしても勝つ事は見込めませぬ。今少し、慎重な検討が必要かと存じます」

 ……焦りを表に出さぬ様、なるべくゆったりと物を言う。

 


 知ってか知らずか、それを振り払う様に

「それよ。そのそれがしは参ったのよ。この御屋形には宗家の兵が詰めておる。今、各地から棟梁家の被官、國人衆どもが、御屋形に向かっておる。率いる兵は例え少なくとも束ねれば、一備いちび※にはなる。これを数に入れれば、御屋形の防備は充分であろう?

 ならば、御屋形警護の宗家の兵より半数の五騎廿五人余にじゅうごにんよを合力させれば、十一騎、五十余人。戦巧者の大将に任せれば、むざと負ける事もあるまい。

 その間に時を稼ぎ兵を集め、第二陣を発向させれば、勝ちは疑いない。これぞ必勝の兵法と言うべきものでは御座らんか!」

 と明るく、恐ろしい事をのたまうた。


 ……それはいかん!

 第一に屋形の兵を合力させても敵方に比べ此方こちらの勢が少な過ぎる。これは軍法の基礎に反する。何より兵書にも『我はもっぱらにして、一となり※』とあるでは無いか!

 第二に参集している兵にしてもそうではあるが、そもそも宗家の兵は宗家の下知にしか従わぬ者。火急の際には代将立つ、の前例が無いでは無いが、御屋形警護の務めの内はその法を堅く守るのがおきてとなっている。その様な心持ちの者を兵に半数も混ぜれば、下知が行き届くか分からぬ事。差配に従わぬ兵を率いては、そもそも戦にならぬ。

 何より、各地から参集する被官、國人衆どもが必ずしも腹に一物を持っておらぬとは限らぬ事。もしこの様な時に御屋形の宗家の兵を半数減らしてしまえば、取り返しの付かない事態になりかねぬ!


「御安心召されよ」

 ……こちらを見透かした様に、ささやく声。

「御屋形の防備はこの刑部が一命をして、引き受ける。それとも、右兵衛尉ひょうえのじょう殿は」

 今まで笑っていたのが嘘の様に、底冷えのする目でこちらを見据みすえ、

「この刑部を、御疑おうたがいか?」



「いや、皆々様方には御納得頂けた様で重畳ちょうじょうで御座る。先陣の大将には於曽右兵衛尉殿にお願い致したい。そこもと程の戦の手練れは中々居らぬでのう。先陣は武門の誉。気張られよ!」

 …………打って変わって響く、明るい声。

 

 合議の参加者が頷いている。


 ……この危急の時、本来居るべき、空席の当主棟梁席に目を向ける者は、誰も居なかった。



丁卯ていう四年如月十四日 卯初うしょの刻 於曽おそ右兵衛尉ひょうえのじょう


 御屋形の門内もんうちよりいでる。兵が集まってくる。

 我が於曽の兵は一塊ひとかたまりに、宗家の兵は三々五々に。

 着到改ちゃくとうあらため※をして部署を決め発向はっこうする。

 これより敵を討ちに征く。


 ----------------------



 ◉用語解説

【深蘇芳、月白】 

 深蘇芳はほとんど黒にみえる赤茶色、月白は薄い青みを帯びた白。


【素襖】

 直垂の一形態で大紋の簡易版。大紋に次ぐ礼装とされた。


【牽強付会】 

 自分の都合の良いように強引に理屈をこじつける事。


【間緩い!】 

 する事が遅く間に合わない、手間取って役に立たない様。(ま)のろい。遅い。


【赤地蜀江錦の鎧直垂】

 赤地蜀江錦は赤色の豪華な装飾の唐物の絹の布地。鎧直垂は大鎧の下に着る服。

 当時の服飾規定では絹の直垂は大名かそれに準ずる人のみに許されたものですが、その規定を決めた朝廷・幕府の権威が失墜しているので「褒められた物ではない」程度で済んでいます。

 

【金梨地】

 漆工芸の技法の一。飴色の梨地漆を塗り、その上から金粉を散らし、更に仕上げの漆で固めたもの。


【檜皮色】

 ヒノキの樹皮の様に黒みがかった茶色のこと。

 

【勝色の無紋の布衣の下腹巻に生成りの袈裟を裹頭に付け】

 勝色は黒に見える程、暗い藍色。下腹巻は腹巻と呼ばれる簡易な鎧を布衣と呼ばれるゆったりした服の下に付ける事。

 生成りの袈裟は晒す前の木綿本来の色である赤黄身がかった白色の袈裟(僧侶が肩からかける布)で『裹頭に付け』は頭を布で包む事。

 武蔵坊弁慶(僧兵)が頭にしている布を思い浮かべて頂ければ。


【切目縁】  

 屋根の内側にある縁側。大河ドラマなどで良く観る大広間(会所)から見える廊下を想像して頂ければ。


【紅の匂】

 戦国時代の技術で作られた絹糸はまだ細く、その生地で出来た服は裏の生地の色が見える程、薄い物でした。

 その事を逆手に取ってワザと裏地の色を透けさせ、その変化を楽しむ当時のファッションを『重ね色目』と言いました。

 匂はその中でも同色系統をグラデーションさせるファッションで、ここでは赤色系統でまとめているものになります。


【蝙蝠扇】

 竹や木を骨として片面に紙を貼って作られている扇。開いた姿がコウモリが羽を広げた姿に似る所からこの名がある。扇子。

 

【仰々しい】 

 大袈裟な様。


【隋兵】   

 身辺警護の兵。


浅学菲才せんがくひさい】 

 未熟な様。自分に対して使用する言葉。

 

慨嘆がいたん】   

 激しくなげき心配する様。


「兵事とは自らが事を動かしてこそ、と存ずる」

 →「戦争は自分から動いて、事態をコントロールしてこそ勝てるのだと思う」

 

「然り!!」→「その通り!!」


【一備】

 一軍、一隊の意味


【『我はもっぱらにして、一となり』】

 戦力を小分けにして逐次投入することを戒めた言葉。「我は専にして一となり、敵は分かれて十となれば、これ十を以ってその一を攻むるなり。即ち我は衆にして敵は寡なり。」(孫子)


【着到改め】 

 軍役衆が確かに参集しているか、参陣した兵の装備が規定通りであるか、点検する事。


【主要参考文献】

 ◉八條忠基氏 「日本の装束 解剖図鑑」

         エクスナレッジ2021年

 『有職装束大全』で著名な八條忠基先生の本でイラストや解説が多く、かつ『有職装束大全』ほど情報量は多くないので、初心者にも分かりやすい本でした。ながめるだけでも楽しい本です。


 今回もお読み頂き有難うございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る