推しが死んだ日
@k_momiji
推しが死んだ日
キン!キンキンキンキンキンキンキン!!!(剣がぶつかる音)
ドン!ドカッドカッドンドン!!!(爆破音)
バビュルルルル!バババババ!!!(何かすごい音)
主人公とよくカップリングされる男B「グエー、死んだンゴ(パタリ」
「…………(パタリ)(推しが息絶えたのを見届けた私がそっと本を閉じる音)」
推しが死んだ。
これで何度目だろうか。もう数えるのをやめてしまった。だけど、少なくとも私が今までに有名俳優が熱演するお涙頂戴のドラマを見て涙をこぼした回数よりは多いと思う。
「二度と読まんわ、こんなクソ漫画」
そう言ってそっ閉じした漫画本(注:明日発売。大学を自主全休してフラゲ)は、未だ私の手の届く場所にあった。
私はすぐにそれを手に取り、セルフネタバレを回避すべく、自身の記憶と照合しながら、一ページ目からゆっくりと捲っていく。
そうだ。推しが死んでも、この世界は続くのだ。推しが遺したこの世界を見届けなければいけない。見届ける義務がある。
手にした漫画本は、ほんのりと暖かかった。推しがこの世界に遺した暖かみかと思ったが、どう考えても私の体温である。私は考えるのをやめた。
私は、正直言ってこの漫画の主人公が嫌いだ。いや、嫌いと言うと語弊があった。あまり好きでは無い。某有明で年二回行われる即売会に推しの本を出したくて、仕方なくカップリング相手として主人公を描いていただけだ。一応、他のカップリングもあるにはあるが、その中ではやはり一番主人公とのカップリングがしっくりくるのである。そう考えると、嫌いと言うよりは割と好きな部類に入るのかも知れない。いや、本当は好きです。結構好きです。ただ、推しを取られた気がして少し気にくわなかったんです。つまり嫉妬です。生まれてきてごめんなさい。
やがて漫画本を一通り読み終えた私は、そのまま座布団に頭をのせてごろりと寝転がった。
思えばここ数年間、ずっと推しが心の支えだった。
他作品の推しは次々と死んでいった。むしろ私が推した瞬間死んだ。私が死女(雨女的なサムシング)なのではないかとさえ考えた。そして、いやだからこそ主人公とよくカップリングされる男Bの存在は、私が死女ではないことの証明でもあったのだ。
彼ならば、この作品のエンディング、いや私の人生のエンディングを迎えられるのではないかとさえ考えた。ごめんなさい少し盛りました。そこまでは考えてないです。彼はずっと私のことを支えてくれた。高校で陽の者から『アニメイト』という名前で呼ばれていた時も。センター試験前日に推し声優の熱愛報道を目にしたときも。大学に入って春心理を落単した時も。ずっと支えてくれた。でも彼は私より先に逝ってしまった。この巻の最後、主人公は主人公とよくカップリングされる男Bの死を乗り越えて生きていくと仲間達に力強く語っていた。正直言ってもう少しだけ落ち込んで欲しかった。
でも、私は忘れない。
私だけは覚えている。
自分以外の夢女が揃いも揃って別の推しに浮気しようとも。
そうだ。今の私に、彼に何か一つでもできることがあるとすれば、それは。
私は昨日アマゾンプライムでアニメを観たときから付けっぱなしだったパソコンのロックを解除し、メモ帳を起動する。Wordを使う小説勢は信用できない。
私は特にこれといった理由もなく個人で申し込んでいた某ビックサイトで開催される即売会に出す本の構想を始める。
時は十一月二十五日、午前一時。まだ時間は十分ある。印刷所の特急オプションを使えば締め切りまで一ヶ月以上ある。
私はこの本に、一ヶ月を捧げる。
推しがいないと生きていけない。だから、推しを生き返らせる。シンプル・イズ・ベストだ。誤用かもしれない。
表紙の構図はすぐに決まった。私はすぐに取りかかる。(天才なので、小説本を出すときの表紙と挿絵は自分で描いている)
今日締め切りのサークル内コンテストがあったはずだが、既に私の中でどうでもよくなっていた。どのみち進捗はゼロだ。今更がんばって締め切りに間に合うか間に合わないかくらいの時間に提出したとして、サークルの編集長が死ぬだけである。
そしてそんなことを考えながら一時間の後、早くも表紙の下絵が完成する。所謂ワンドロというやつだ。私は出来上がった絵を試しに印刷してみて、近づけたり離したりしながらおかしな点はないかよく観察する。
その時、ふと思い出す。ああ、確か今回のサークル内コンテストのテーマは……
少し手を加えれば、このままコンテストにも出せるのではないか。超がつくほどマイナー作品なので、どうせオリジナルでないことにも気づかれないだろう。そう思って、私は。
表紙の隅に一輪、昼顔の花を書き足した。
推しが死んだ日 @k_momiji
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