第40話 信じていたのに

 校内で私の悪い噂が広がっている。

 三上さんからの情報提供は当てにならない事が多いが、今回ばかりはそうも言ってられない状況だったそうで、いつになく焦っている。

 こんな三上さんはレアだ。レアケースだ。

「誰がそんな事したの?」

「誰って、まあ、あの人」

「会長の事?」

「うん……でも、それだけじゃないんだ」

「何?」

「うん、えっと……私もびっくりしてるんだけどね……、香耶ちゃんがやったんじゃないかって」

「え……」


 舞さんには、酷い事を言ってしまった。会長さんが協力して欲しいなんて言った時は、どうなるかと思った。

 出来る事は全部やります。協力します。

 その言葉に嘘偽りはなく、本当にやろうと思って行動することにした。

 会長さんとは会ったことも無くて、なのに色々知っていて、正直おかしいとは思っていたが、疑いはしなかった。

 いいように使われるのは、私としては不本意だったけど。舞さんに対する復讐も込めて、私は従おう。

 舞さん、ごめんなさい。


 何だかその日はそわそわして授業に集中できなかった。

 いつもは気にしない香耶さんの席をちらちら見ても、香耶さん自体に変化がある訳ではなかった。

 だからこそ、余計に違和感がする。

 舞踏会の時だって、姿を見せなかった。裏で何かしていたのかと思うが、その可能性は低いと見る。あいつは人を動かすのがとにかく上手い。香耶さんも利用されたと見るのがいいはずだ。

 三上さんを刺した事は許せない。でも、私として決着はつけるべきだと思った。

 に任せれば、それこそ問題になる。

 全ての真実を聞き出すには、やはり―――


「……どうしても知りたいの」

「はい。私は頼りっきりで……、それでもいいかなって思ったんです。私は私だと思うから」

 探偵に憧れたこの人に最後の最後まで頼むだけなんて、釣り合っていないとは感じた。でも、結局行き付いてしまう。恩返しなんて一つも出来なかったけど。

「これが、最後の頼みになると思います」

「そう。寒いから手短にね」

「…………はい」

 十二月。季節はもう冬だった。


「相変わらずだね」

「そっちこそ、あの時から何も変わっていないのね」

「当然さ。僕は僕のままなんだ」

 四宮さんが出て行った後、彼が訪ねて来た。要件なんてなさそうだ。ただ、私の口封じをしに来たのだろう。

「察しは付いてる。私を殺しに来たんでしょ。抵抗しないから、煮るなり焼くなり好きにしたら?」

 敢えて挑発する。これで何かアクションを起こしてくれたらいいが……。

「そんな事するはずないだろ」

 帰って来たのは意外にも、よくある展開のような言葉。

「君には感謝しているんだから。僕はその辺の線引きはしているつもりだよ」

「そう、じゃあ、何を望んできたの?」

「君の心と体を奪いに来た、と言ったら?」

「悪趣味ね、関わりたくはない」

「そう」

 無意味な問答から五分経過していた。未だに底は見えない。相変わらずの隠しだ、評価できる。

「最期の言葉を伝えに来たんだ」

 その言葉に、私の眉が少し上がった。

「……死ぬ気なの」

「当然。四宮さんに恨まれているからね、権利がある」

 この一年で決着を付けるつもりだったのか。余りにも彼らしくない。

彼女として、一つ、いい?」

「いいよ」

「諦めたら。彼女、転んでもすぐ喉元に噛みつくような狂犬だから」

 見抜いていた、彼女の、四宮さんの本心。

 彼女はこの世界の全てに絶望している。だからこそ、あんなになれるのだ。それは小学校の時からだったのだろう。いずなちゃん、そう言っていた大切な友人も、いじめをしていた子らも、彼女にとってはどうでも良かったのだ。

 きっと、もう手遅れなのだろう。本人は絶対に納得しないが、内に居る、もしくはその更に奥にある心はどう答えを出すか。

 結局答えを言わないまま、修弥くんは出て行ってしまった。

 最後の最後まで、安比奈とは呼んでくれなかった。それだけは、してくれると思っていたのに。彼氏彼女の関係からここまで来てしまったものの、結局報われる事は無かった。

「…………ばか」

 つい出てしまった本心からの言葉。聞かれていてもいなくても構わない。ただ、穴が開いたようで、何だか、苦しかった。

 その日、私は久しぶりに泣いた。声を押し殺して。この恋は、もう実る事は無いのだと知ったから。彼には二度と会えないと悟ってしまったから。


 何となく気が付いていた。四宮さんの様子がおかしいのは。いつだったか、私の質問に不思議な返し方をした事があったのだ。

「これなーんだ?」

「宿題」

「手伝って」

「いいよ」

 どうもおかしい。二つ返事を四宮さんがするはずがない。まず否定から入るタイプの四宮さんじゃないという事は別人だ。この人痴漢ですって言われて即否定する感じだからそうなんだ。例えは変だけど。

 どうやらピリピリしているし、何かありそうだ。友人として、最後まで見届けようと思う。それが義務であり、責任でもあると思うから。

 

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