第38話 握りしめた手

 昨日の事が、何となく頭に残っている。

 ずっと学校に居たせいか、修学旅行で久しぶりに家に帰る子供のような気分だった。

「汚いなぁ……」

 帰って来たけど…まずは掃除だな。


「ただいまー」

「姉ちゃんお帰り! 聞いてよ、俺」

「はいはい分かってるよ。優勝したんでしょ? さっきメールで見たから分かってるって」

「いつもの姉ちゃんならもっと喜ぶだろ。今日は母さんも父さんもいねぇんだよ、もっと騒いでもいいと思うぜ」

「昨日で十二分に騒ぎました。今日は寝ていたいんです」

「待ってくれよ姉ちゃん、朝何も食べてねぇからお腹すいてるんだよぉ~。作ってくれよぉ~」

 そうだった。こいつの事を忘れていた。

 弟の名は三上友樹みかみともき。一つ下の弟で、わんぱく。よく食べるし、よく喋る。どこの誰に似たのか…。

 そんな弟を無視して二階にある自分の部屋に行った。


 ベッドに寝そべると、体の重みで少し沈んだ。はぁ……とため息をつく。

 下からうるさい弟の声が聞こえる。私はそれを無視して目をつぶる。夢なんか見なくてもいい、とにかく寝たかった。

 そう思っていたが、私の意識は既に切り離されていた。


 掃除を始めて二時間が経過した。家全体もだいぶきれいになったし、ここまでにしようかと立ち上がった―――

「ん?」

 タンスの上を見上げる。

 グラグラしていた荷物の一つが顔に落ちて来た。

「ぐえっ!」

 情けない声で倒れた私の上に、紙袋、カップラーメン、何に使うか分からない器具などがドサドサと降って来た。

 ゴミ袋から顔を出すような形になった私は、鼻がムズムズして大きなくしゃみをした。

 ……今日は厄日だな。

 折角もらった休日の一日を無駄にしそうだった。


「…………ちゃ…ねえ……」

「ん……」

「姉ちゃん!」

「んう、まだお昼じゃない……」

「何言ってんだよ、もう日が沈むって! 父さんも母さんも帰って来てるよ!」

「…………」

「ホントだって!」

 寝ぼけ眼で時計を見る。

 時刻は午後五時。友樹の言う事は本当だった。

「何で起こさなかったんだよ、コノヤロー!!」

「だって姉ちゃん、寝たいって言ってたから寝かせたんだよ! 悪いか!」

「わる、くはないぞ。だが、時間は有意義に使うもの。人生一分一秒たりとも無駄にしては」

「何してるのあんた達!」

 お母さんが飛び込んできた。どうやらこの騒ぎ、下にまで響いていたらしい。

「ご飯の支度するから、暇なら手伝いなさい」

「はーい、ほら姉ちゃんも」

 何だか情けない。仕方なく友樹の手を取る。

「はーい」

 四宮さんが聞いたら飽きられそうだ。まだ眠い目をこすって、私は夕飯の準備を手伝う事にした。


 片づけを始めてから、かれこれ三十分は経っていた。

 年末でも無いのに大掃除をしている気分になる。正直な所、たった一、二週間でこんなにほこりが出て来るとは思いもしなかった。自然の力を見くびっていた、と思う。

 いや、自然とは言い難いのかもしれない。日々掃除をしてこなかった私に、神様が罰を与えたのだ。

「あああっ、もう! 猫の手孫の手しのさん借りたいーーー!」

 終わらなさそう。絶望した私は叫んだ。


「姉ちゃん、コショウ取ってよ」

「え、コショウってどこにあったっけ…」

 姉より優れた弟はいない、そう思っていました。でも、弟の方が料理が上手かったです。手際が私より良かった。

「何だよ、鶏の唐揚げ食べたいって言ったの姉ちゃんだろ? なら、自分で作れよ。俺は忙しいんだ」

 結局コショウは見つからず。四宮さん家は全て把握しているのに……。

「こんのおっ、友樹の癖に調子乗るなんて…お姉ちゃん怒ったぞ。ぷんぷん」

「……口じゃなくて手を動かせよ」

 反抗期が近いのか。一つ下の癖に。

 何だか、どうしても噛み合わない気がする。お父さんもお母さんも友樹も、皆して私の事を避けているような……。

 癪に障るが、友樹の言う事を聞く事にした。


「閑古鳥が鳴く位になっちった、てへっ☆」

 ……くだらない、めっちゃくだらない。部屋をきれいにする名目の元、三時間位やっていたはず。時計見てなかった。

「あーあ、丸一日使っちゃった」

 恐れていた事態が起きたのに、心機一転した様な気分だ。清々しい。

 もうかんがえるのやーめた。寝よう。

 帰って来てから、昼も夜も食べてない。三日行ったから、三日休み。土日は含まれてないから五日休み。

 その一日を掃除だけで無駄にした愚かな女が一人……、私だ。ベッドで横になった私は、目を閉じるとそのまま、すーっと寝てしまった。

 

「…………」

 布団に潜り、昨日の事を思い出す。楽しかった。でも、それだけじゃない。

 今日のようなわかだまりが無くて、スッキリしている気分だった。

「バーカ」

 友樹の顔をぷにぷにしてみる。反応はない。

「おやすみ」

 このモヤモヤは晴れないだろう。とにかく寝て、明日への活力を蓄える事にした。





 

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