第36話 有栖川舞踏会 後

「卒業前最後の舞踏会! 私は全力で楽しんだけれど、あなたは楽しんだの、四宮さん!」

「ええ、はい、まあ……」

 その服装で言われても、説得力はないんだ。

 今日のTシャツは『大喝采、天を仰げ!』らしい。

 こんな先輩が読書部の部長だったのか……。私は絶望してしまう。でも、次期部長は決まっているのだろうか。

「ところで、次期部長の相談なんですけど……」

「決まってないわ」

 さも当然のように言われた。

「決まって……ないっ!」

「当然でしょ、私は引退なんだから」

 ああ、この先輩について行った私が失敗したのかも……。

「まあでも、とにかく楽しんで。それじゃ」

 行ってしまった。今日が最終日らしく、合唱と舞踏会、つまり歌とダンスが見どころ。一番盛り上がるみたいだ。

 最終日。どんな気持ちでいればいいか分からないが、最後まで楽しく過ごそうと思った。


「合唱、緊張する…………」

 私の事を訪ねてきたのは陸翔くんだった。緊張のほぐし方を教えて欲しいとの事だった。

「じゃあ、おまじないかけてあげるね」

「おまじない…………?」

「ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい、陸翔くんの緊張よ吹き飛べ~」

 何だか子守をしている気分になる。でも、これで緊張は解けたはず。

「どう、陸翔くん? 緊張してる?」

「えっと、多分、大丈夫、です」

「そう、頑張って。私も発表の舞台があるんだ。ダンスを見せるんだけど、フォークダンス、らしいんだ」

「そうなんですか」

「うん、緊張は皆してるよ。陸翔くん一人じゃない。忘れないで」

「……はい!」

 元気のいい返事を聞けた。

「さあ、行ってらっしゃい」

「うん、僕、行ってくる!」

 パタパタと走る陸翔くん。何だか可愛くて、尊さを感じてしまう。

 そんな私を見てニヤニヤしている三上さんを見つけたので、恥ずかしさを隠すために、意味もなく叩いた。


「そこのジェントルマン達! 盛り上がってるかぁーーーーーーーーーーーーーい!!!!!」

 男達の暑苦しい叫びが体育館にこだまする。

「レディースも! 盛り上がってるかーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 こっちは反応が薄い。一人で勝手に盛り上がってるようなものだから放っておくが。

「さあさあ、祭りもいよいよ大詰め! 素晴らしい歌の数々で締めくくろうじゃないか! 始めよう! 宴を!!」

 その宣言と共にステージ上に現れたのは、なんと終夜さん。イケメンを気取ってはいるものの、何だか合わない。

「俺の歌にっ、酔いしれな」

 ダサッ。

 ああ、禁句禁句。今はどんな事も許容範囲の内だ。私も十二分に頑張った。だから今日は大トリで真価を発揮しよう。

 まあ、今は……

 余り、喜ばれていない。終夜さんは、不人気だった。きっと終わったら抱き着いてわんわんの騒ぎなんだろうな………。


「次はこの方! どうぞ!」

 次にステージに出て来たのは、陸翔くんだった。

 昨日の衣装に身を包み、頭の上にはティアラが乗っている。

「えっと、初めてで、分からない事いっぱいですけど、聞いてください!」

 その宣言と共に始まった陸翔くんの歌唱ショー。それは、透き通った声と美しい響きが生み出すハーモニー。終夜さんとは大違いだった。

 一通りの歌唱を終えた後、割れんばかりの拍手と喝采、アンコールが響いた。だが、余りにも恥ずかしかったのか、逃げるように裏へ戻って行った。


「感動したよ、まさに歌姫って感じで!」

「そうだね! もうホント最高!」

「照れるよ、褒め殺し…………」

「陸翔と俺は、どうしてこんなにも扱いが違うんだあーーーーーーーーっ!」

「それは生まれ持った素質じゃない? 格が違うんだよ」

「舞ーーーーーーーーー!!! 否定しないでくれえーーーーーーーーーーーー!!!」

「お兄ちゃんうるさい」

「はい、黙ります」

 何だか素直だ。どうして頭が上がらないのか不思議に思う。きっと細工されてるんだろう。しのさんに溺愛されているから、こうなるのかも知れない。当然、と言った方が正しいのだろうが。

「差し入れよ。あなたの熱烈なファンからの、ね」

「あ、しのさんの料理!」

 そうだった。最終日だけは、一般の人も来ていい事になってるんだ。だとすると、しのさんは一般ではなく、メイドとしての……?

「一つ伝言よ。『終夜の分は無し』だって」

「うわあああああああああああああああああっ!!!!! あのやろおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 とにかくうるさかった。そんな終夜さんを横目に、たまごサンドを口に入れる。

 しっとりとした感じのパンの触感に、黄身と白身の丁度いいバランス加減。まさに最高だ。何個でもいける。

 でも、まだだ。舞踏会が残っている。私の出番も刻一刻と近づいて来ている。

 隣には、白いドレスに身を包んだ三上さんがいた。

 私は赤いドレス。振り付けはしっかりと練習して覚えた。きっと大丈夫だろう。

 奥からパチパチパチパチという音が響く。出番だ。

「行こう三上さん」

「了解です。私達の練習の成果、見せてやろうぞ!」

 意気込んだ私達は、ステージへと歩き始めた―――

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