第33話 教えて
「四宮さん、えっと、昨日の事……」
「昨日? もしかして、後つけてたのって……」
「うん、ごめん。言おう言おうって思って、中々言い出せなくて。でも、言えた。
……香耶ちゃん、来てるからね」
それだけ言うと三上さんは私の手を引っ張って、体ごと引き寄せた。
胸の真ん中に顔が来ていた。でも、当人は気にしていなくて、いい子いい子されているような感じだった。
「…胸、当たってる」
「気にしないで。香耶ちゃんもこうやって慰めたんだ。弟居るからお手のもんよ」
朝っぱらからこんな事をしていると思うと、何か、変な気分になる。
周りに誰も居ないから出来る背徳の行為。
背徳…ではないような気もしたが。気にせず行こう。
「もう離して、学校、行くよ…」
三上さんの胸の中でもぞもぞする。余りふくらみの無い胸に、私の顔が擦れてごそごそと音を立てる。
「ひひいー、今日はもうおしまいでーす。お姉ちゃんではなく、いつもの私に戻るのだ―、とおっ!!」
思いっ切り離れられたらヤバいのだが、それを気にする性格ではないのが三上さん。私はよろけて尻もちをついてしまった。
「もうそんな時期か……」
「何の時期ですか?」
「いや、文化祭? もう十月だし……」
ここでやる文化祭の正式名称を忘れてしまった。準備は一週間後のはずだ。
……その情報も曖昧で分からないが。
「実際には文化祭じゃなくて、『有栖川舞踏会』らしいですよ」
「…祭りじゃないの」
「祭りじゃ、ないんですよねー」
三上さんはパンフレット頼りだが、ゆいちーは結構知ってる。
教室では、初めての文化祭だという事で皆盛り上がっていた。今年はどんなテーマなのか、それすらも決まっていない状況なのに、一週間後の準備期間に向けて浮き足立っていた。
「何で、舞踏会?」
「何でって…有栖川高校、アリス、舞踏会、ですから」
モチーフは、有名な童話か何か。絶対にそうだと確信した。まあ、今更知った事で何か変わるわけじゃないのだ。
「というか、何でここに居るの?」
「え、放課後ですよね。授業は退屈で、特に何もしなかったって言ってましたよ、さっき」
「そう言えば、須藤さんは?」
「貴奈は……あそこにいますよ」
指の方向を見ると、三上さんと須藤さんが戯れていた。
仲睦まじい姿を見ていると、こっちは場違いなのでは、と思ってしまう。私は皆を傷つけてしまうかもしれない。そう思うと、私はこんないい人達と関わる必要は無い。
三上さんが描いた絵を見ながら、同じように描いていく。
まだ上手くはないが、時間を掛ければ同じレベルまで到達できると思う。頑張って描いていると、三上さんが目の前に立っていた。
「うわあっ!」
「そんなに驚く?」
「当たり前でしょ、だって、目の前に居たらそりゃあ―――」
「四宮様、お腹すきましたー」
外野が変な事を言ってきた。近くにコンビニがあったはずだ。五百円渡すと、喜々とした様子で外へ出て行った。
「ケチだね」
「私はすいてないの。あ、お釣り返せって言うの忘れた」
「借金取りになれますよ、将来」
「そうかなぁ」
何だか照れる。褒められていない気もするが。
「それにしても、上手くなってねぇ」
「は? 傷つく。ふつーに傷つく。何それ、自慢? 洒落にならないよ」
「う~、コーヒーを一杯」
「逃げないの。冗談でも、人の頑張りを辛口で評価するのはどうかと思うよ」
「そうかなぁ。上手いなら上手い、まずいならまずいって言うべきなんだよなぁ」
出た、三上さんの持論。いつもとんでもない事を言っているだけの持論。まあ、暇つぶしには丁度いい。
ゆいちーにべらべらしゃべる事二十分、須藤さんが戻って来た。
「お菓子買ってきましたー」
「エクレアもーらい!」
「シュークリームいいですか!」
「ふわふわパン貰いまーす」
須藤さんが袋を置くと同時に、私以外の二人と買った本人が手を伸ばす。
「私の分は、ないの?」
「えっ…」
固まる須藤さん。きっと、私の五百円以外持ってなかったんだろう。
「ご、ごめんなさい! 忘れててっ、あ、えっとどうしたら」
「一番美味しそうなのもーらい」
「え…」
手に持っていたのはプリンアラモード。慌てふためく須藤さんを見たくて、先に取っておいた。
「ビックリしましたよー! もー!」
「ごめんって。あ、スプーンある?」
「はい! スプーンです!」
押し付けるように渡されたスプーンは、ほんのり暖かい気がした。
「「「いただきまーす!!!」」」
「いただきます」
三人が口を揃え、私もそれに続く。同じ行動をしている三人を見ると、思い出してしまう。
もし、あの二人が生きていたら、どうなんだろうと考える。
人の人生を壊すのは私の専門じゃない、私の専門だ。でも、責任はこちらにある。それは、どうしようもない事なんだ。
何故だろう、スッと通るはずのプリンは、喉を通らなかった。
文化祭準備の一週間が始まった。私達は相談して学校に泊まることにした。今日から文化祭が終わるまでずっと学校に居るなんて…不思議だ。
でも、そんな雰囲気を物色するかのように準備は進んだ。
そして―――
有栖川舞踏会当日を迎えた。
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