第32話 零れる涙
「昨日、何かあったの? すんごいピリピリしてたけど」
「…………」
言いたくない。というか、聞くな。
まあ、そんな言葉は絶対に言えない。仮面を被った私は無理だ。私は言えそうな気がする。
「何でもないよ、この傷もアイスピックで……」
「アイスピック?」
「今の無し、無し」
言いそうになってしまう。危なかった。
口が滑るのは大変だ。一呼吸ついた事で、少し落ち着く。取り敢えず、今日の授業の事を聞こう。
「その話は置いておいてさ、今日の授業、何だっけ?」
「あー、国語にー、世界史にー、数学? とー…忘れちゃった」
「嘘でしょ………」
憐みの目で三上さんの方を見る。弁当の時のお返しだ。
「憐れむな、友よ。我は記憶障害なのだ。今思い出すから待っていろよー。えーと、えっーとぉー」
これ、思い出せないタイプのやつだ。
「…無情にも、時間だけが過ぎていく」
「思い出せないよね?」
「無念である!」
三上さんは拳を作り、机を叩く。コンコンという軽い音がしたので、力を込めた訳ではなさそうだった。
「うむむむ、これでは分からんぞ……今日の予定を忘れる程、私はやわじゃ無いはずなのだが」
唸って、体も大きくよじって考える三上さん。もう、何を言っても無駄だ。この人の行動には慣らされてしまった。
視界の隅に、見覚えのある人が映った。
「香耶さん…?」
私の方をじっと見つめる香耶さん。戸惑っていたが、教室に入る。
すると、荷物も何も置かずに私の方へ歩いてきた。
「四宮さん、放課後、大事な話があるので。いいですか、時間」
「えっと……大丈夫だよ」
「そうですか」
それだけ言うと、香耶さんは自分の席に座った。
「四宮さん、何かしたの」
「…………」
しわ寄せが、来ているんだ。
放課後、私は呼び出された場所に向かう。
誰かに後をつけられているような気もしなくはないが、振り返らず真っ直ぐ進む。
仕返し、そんな程度で済むならまだいいだろう。きっと、復讐の類だろう。姉と妹を殺され、親も構ってくれないのなら、荒れるのも当然だ。
まず、香耶さんを久しぶりに見た。あいつが言っていた話では、心に深い傷を負って登校していないという話だった。嘘も平気でつくあいつの話は信用出来ないが、今回の事は信じて良さそうだった。
恐らく、今回もあいつが根底に関わっている。
やっぱり、人は信じ切れない。誰かにとっては正しい物も、見方を変えれば悪になる。そんな気がする。
奥のドアを開ける。ゆっくりと開けると、ギィという音が響く。来客を知らせる合図だ。もし、香耶さんが先に来ているのなら、気づくだろう。
「香耶さーん、来たよー」
私の声に、人影がビクッと反応する。
一秒後、本人が姿を現した。
「久しぶりですね、四宮さん」
「うん、久しぶり」
「…変わらないんですね、本当に」
「何が?」
「とぼけるなっ!!」
こんな大声を出したのは初めてだ。少し息が切れたが、構わず話を続ける。
「お前のせいで、私の人生は狂ったんだ! どう責任を取るつもりだ、四宮舞ッ!!」
「そう、大きな声を出さないの。周りに聞こえちゃうでしょ」
「何で、そんな冷静でいられるんですか。人を殺して、ただで済むとでも思ってるんですか? そんな事はあり得ないんですよ!」
「分かってるよ、適切な処理をした。これなら許してもらえるよね?」
「そんな、そんな訳、無い!」
言葉が思いつかない。このままじゃ言いくるめられて負けてしまう。
「ねえ、香耶さん。私の思いは本物だよ。私は人殺しなんてしてない。ただ、したという事実は知ってるけど」
「事実…どういう事なんですか」
意味が分からない。何か、隠しているのだろうか……?
「簡単に言うと、二重人格。片方は私の事を全て分かっている」
「え……」
二重人格。分からない。じゃあ、あの時の、四宮さんは……。
「四宮さんじゃ、無いんですか」
「ん?」
「もう、片方って、何ですか、それ」
足が震える。声も、震える。
助けを求めようとしても、声が出ない。私は、恐怖と不安に駆られていた。
「やーだなー私は私だよ、かーやさん」
「ひっ……」
悲鳴が、口から洩れそうになる。
「お姉ちゃん達の事は気の毒だったねぇ~。私には関係ないけど」
「それでも、私は―――」
「復讐したいんでしょ? ここは倉庫だから、死体はダンボールか何かに隠してしまえばバレずに済む。そう、考えてるよね」
「―――――」
「驚きすぎて声も出ない? そっかぁー、そうだよね。だって香耶さん、
今からここで死ぬんだもん」
ああ、楽しい。実はこれ、ハッタリだ。
殺す気は一切無い。道具を持っていない私に打てる手は無い。やろうと思えば素手でもいける。友達を殴る、ましてや女の子ともなると気が…引けるなんて思わない。
「し、のみやさん、なんで、なんで……」
「んー? なんでかなー? 変わるのに、理由なんている?」
脅迫は成功した。これで、私に二度と手を出してこないだろう。
いや、これない。これでいいんだ、これで。
せめて、彼女だけは生かしておかなければならない。哀れな妹として、信頼を勝ち取るためには、これくらいの情けは必要だ。
「今日はもう帰るね。時間は有意義に使わないと」
私はそう言って、私に体を返した。
「ん……ここ、教室?」
体を返された私は、いつの間にか教室にいた。
どうやら、話は終わったんだ。そう思った私は、家に真っ直ぐ帰った。
「大丈夫?」
「何で、居るんですか」
「心配だったから……」
あの二人が死んでいて、もういない。私はそんな事実を、受け止めきれずにいた。
誰だってそうだ。トントロが死んだら、私も大泣きするだろう。一緒に居た家族、それも大切な人が死んだら、誰だっておかしくなる。
「もう、いいでしょ。もう…」
「あ、あっ、ああっ、うわわわわわわわああああああああっ!!!」
大きな声で泣く香耶ちゃんの体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
離さない。私は、泣き止むまで付き合った。
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