第31話 精進これにあり!
「もう九月なのに暑いのはどうしてですか?」
「はい! それは地球温暖化とかが騒がれてるからです!」
「三角かな、三上さん」
「何故っ!」
「いや、私も詳しく分からないからさ」
「こんのーーーーーっ!!」
「痛い痛い、つねらないで、いたたたっ」
朝からクイズをしようなんて、三上さんもおかしな事を言うとは思った。
だが、これはチャンスだと感じた。改めて私の頭の良さを三上さんに見せつけ、ぎゃふんと言わせてやろうと思ったのだ。
結果は、まあ…そう上手くいくわけじゃ無かった。
三問くらいやった程度で、私の頭が悲鳴を上げ始めていた。こちらが簡単な問題を出すのに対して、三上さんは難しい問題しか出さないのだ。科学者は序の口、歴史学者に総理大臣、挙句の果てに世界の事まで。
こんがらがった私は、四問目にして意地悪をした。だから今、頬をつねられている。
「負けを認めまひゅ、こうしゃんです、いたいいたい!」
「このままぷにぷにしてやろうぞー、わっはっはっはー」
「タンマ、タンマ! UFO! あそこにUFOが!」
「ほんとっ!」
一瞬の隙に抜け出す。やられて分かった。こんな地獄は二度と味わいたくない。もう三上さんへの意地悪はしないと心に誓った。
赤くなった頬は、しばらくの間ズキズキと痛んだ。
生物の授業を受けている時だった。
三上さんの方をちらりと見やると、暇だったのか絵を描いていた。
その絵はお世辞抜きで上手いとは言えなかった。変な棒人間にライオン、のように見えそうもない生き物、円盤生物が描かれていた。
私の方がまだ絵が上手い。三上さんの弱点を遂に見つけた。私は昼休みに勝負を仕掛けようと思い立った。
「絵の勝負?」
「うん、勝負。朝のクイズじゃ負けたけど、今度はそうはいかないから」
「ふぇもさあ、わらしのほうが―――ん! ゲホッゲホッ!」
「食べながら話さないの。お茶でも飲んどきな」
相変わらずマイペースだと思った。まあ、そんなだから惹かれたのも理由だろうが。
私が渡したお茶を躊躇なく飲んでいく三上さん。多分このペースだと全部飲まれる。
「美味しかった!」
「全部飲んだ?」
「…………うん、飲んじゃった!」
「呆れた、人のなのによく飲めるね」
「四宮さんだからって理由じゃ、だめ…?」
またこの顔。人を騙す時とか、しょうがないな~とか言って欲しい時によく使う顔だ。
「はいはい、お題は子犬。時間は授業の始まり五分前まで。よーい―――」
「待って、ちょっと急に言われても準備が―――」
「どん!」
「そこまで!」
授業開始五分前。ルール通りに終わらせた。時間としては二十分といった所だろう。さて、どんな絵になっているか……。
「私はこんな感じ」
スケッチブックに描いた絵を見せる。子犬の愛らしさ、可愛さを前面に押し出した一枚を仕上げた。
「どう? いいでしょ」
「四宮さん上手い! この雲は綿菓子みたいで美味しそう! この黒いのは何? もしかして、タイヤ型チョコレート!」
「どうして風景なの? 子犬を見てよ、子犬を」
「おおっと、そうだった…」
独特な感想は風景を見たもの。実際に欲しいのは子犬の感想なんだ。
だが、感想を三上さんが言う前に時間が来てしまった。残念だが、続きは放課後になりそうだ。
「えっとね」
「あれからいじってないよね?」
「そんな、そっ、そんな事」
「してないよね?」
「…してません」
語気を強めて言う私に対して、三上さんは動揺していた。だが、していないのは確かなようだ。一時間だけ別々になったが、スケッチブックはちゃんと机の中にあったのを確認した上で教室を後にしたのだから。
……その行為を私ではなく三上さんが行えばなお良かったのだが。
確認が取れた後、三上さんに絵を見せるように言う。
「これでぇーーー、どうだああっ!!」
その絵を見た瞬間、私は目を見開いてしまう。
まるでこちらを見ているような感じなのは、私が描いた絵と変わらない。だが、もふもふとした感触、何かを訴えているかのような目…ああ、完全に子犬だ。
「もっと、もっと、頑張らなきゃいけないのか…………」
「生物の時の絵はスケッチみたいなものなんだ。汚く見えただろうけど、あれを元にちゃんとした絵にしていくの。まあ…その過程で急に子犬が話題に上がるなんて思わなかったけど。あ、四宮さんの絵はいいと思うよ。ちゃんと子犬だって分かる絵だったから。でも、背景に力を入れすぎちゃったかなー」
劣等感が凄い。こんなので、負ける……? 現実に耐えられなくなった私は、三上さんの耳元で怒鳴ってやった。
「オールラウンダーめえええええええええええええええっ!!!!!!」
「四宮さっ、唾飛んでる、汚い! …あっ」
ついに、口にしてしまったようだ。言ってはならない事を。
「そうか…親友だと思ってた私がバカだったよ。見損なったよ、もう二度と私の前に現れないで」
「…横になら居てもいいんですか?」
「ダメです。そもそも、姿を見せちゃいけないのに何で横には居る事になってるんですか。おかしいですよね?」
「むぅ…」
むくれた顔をする三上さん。全く、こういう時は変に器用なんだから。
「分かった。その発言は許すから。だから上手な絵の描き方を教えて欲しいの」
「友達の頼みとあらば喜んで、と言いたいが…まあ、それなりの練習をしてからの方がいいかな」
なんだろう、ムカつく。素直に教えるかと思えば急に先生ぶって、何様だと言いたい。
だが、その気持ちをグッと堪え話を聞く。
「学ぶ事はいっぱいあるんだ。遠近法とかは有名だけど、線の使い方とか色の一つで大きく変わるんだよ」
「ふーん」
「何だか興味なさそう……」
そりゃあそうだ。素直に教えてくれないんだもん。そう言いたいが、口に出すと関係が悪化しそうで……。
ああ、これじゃあ板挟みだ。天使と悪魔のせめぎ合いが頭の中で起こっている。
頭を抱えてうーうー言っている私を心配しているのか、話の続きをしようとしない。三上さんの優しさが余計に辛く感じる。
「今日はもう帰る? 話はいつでもどこでも出来るよ」
「待って。やっぱり続けて欲しい。今…とは言わないけど、いつか役立つと思うから」
悩んだ結果、私は三上さんとの友情を選んだ。
「よおしっ! いいだろうデス・カーニバルよ。私が教えてやる。深淵より目覚めしこの体で! 何処までも描き続けられる筆と、自然が生み出した紙、そして絵の具をもってして!」
何故絵の具はそのままなんだ……? そんな疑問を抱いたが、些細な事だ。気にせずに始めてもらおう。
そう思った矢先だった―――
ガラガラと引き戸が開く。入って来たのは、
私の、大嫌いな人だった。
「やあ、お二人さん。元気そうで何よりだよ」
即座に反応した私は、三上さんを庇うように前に立つ。
「これ以上近づかないで」
「君が守るべき人はあの子だけじゃないのかい?」
「…………」
「知ってるんだよ、君がした事。この夏休み中にどんな罪を犯したかをね」
「お前……」
「嫌だなぁ、先輩に向かってなんだいその態度」
「三上さん、先に帰って」
チャンスだ。先に帰らせれば、余計な被害を出さずに済む。私も存分に暴れられるだろう。
「え……」
「いいから」
「…………喧嘩、しないでね」
チクリと刺さる。その優しさが、気に入らない。
三上さんが出て行った後、私は話を切り出す。
「何の用」
「用なんて無いよ。ただ、宣戦布告しに来た」
「………は?」
「僕、人を殺したんだ」
「誰を?」
「名も知らぬ書記の子、だよ」
「……本当に興味ないんだね、人の事」
「当然。僕は君の事を壊したくて仕方ないんだ」
「何が理由?」
「理由なんて無いよ。ただ、面白いから、かな」
こいつは、もう救えないようなクズだ。私は違う。私は…グレーゾーンだ。
「敵討ちじゃないよ。心の穴を埋めて欲しいな、会長」
私を前に出させるとは……私もやる。
「会長、楽しませてよ。存分に、ねっ!」
私は会長の腹にキックを見舞わせる。ただのキックじゃない、ヤクザキックだ。
お腹を押さえてよろめく会長を床に押し倒し、動けなくさせる。その上で、会長が隠し持っていたアイスピックを左手で奪い取り、右目ギリギリまで近づける。
「ここで殺すかい?」
「随分と余裕だね。何か裏でもあるの?」
私が尋ねても、会長は答えてくれなかった。
「その程度で優位に立ったと思わないで欲しいなあっ!」
会長は私の右手を振り払い起き上がると、一本目のアイスピックを奪い取り、二本目のアイスピックを私の右手の甲に刺した。
鋭い痛みが広がるが、そんなのも戦いを盛り上げるスパイスに過ぎない。
興奮している私はそんな事もいざ知らず。その状態のまま、会長を窓側の席に吹き飛ばした。
大きな音を立てて机や椅子が倒れる。その中に会長も倒れていた。
「そんな程度なの? 人を使うのは上手いけど、自分は女子より弱いんだ」
私には悪いが、今ここでとどめを刺してもつまらない。もっと生かしておいて、もっと絶望させてやろう。
「くっ、強いね……四宮さんは違うや」
「今日は帰ったら? 心配しているんじゃないの、ご両親が」
「ああ、そうだね。帰るとしようか……」
おぼつかない足取りで教室を出て行く会長。
スッキリした。ストレスが取れたみたいだ。今日はもう終わりだが、明日はいい日になるだろう。
私にも話しておかなきゃいけない。 ……きっと怒るだろうな、私。
「自分からか…まあ、そんな日もあるか」
気になったが、そこまでではない。私は私であり、私は私であるからだ。記憶も意識も無いから、私のした事は何とも思われない。
私は荒れた教室の片づけと手の治療を済ませ、帰路についた。
明日は教えてくれるかな……絵の事。
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