第30話 後悔
「…………」
「びっくりしたでしょ。でもね、それが本心なんでしょ? 舞ちゃんは人の事なんてどうでもいいって思ってる。いずなちゃんの事も―――」
「それ以上言わないでっ!」
いずなちゃんを悪く言うのは、いくら私でも許さない。
そんな事も、私にはお見通しだったようで―――
「考えてみて。いずなちゃんは逃げたんだよ。もしかしたら舞ちゃんの事悪く言ってるかも知れないよ」
「いずなちゃんはそんな事言わない! 言う訳―――」
「じゃあ何で涙が出なかったの?」
「っ、それは……」
言葉に詰まる。覚えていないのは私だけで、私にはしっかり見えているんだ……。
「お父さんが死んだ時もそうだったよね。お母さんの時も、いずなちゃんの時も。 ……彩さんを殺した時も、早弥さんを殺した時も」
「分かるんだよ、私は。何だかおかしいって思ってたの。私が何の感情も無く彩さんの片づけをした事」
「同類だね」
私の声で、私の体で、そんな事…………。
私は、私の首を絞めていた。
「お前のせいだっ!! お前が滅茶苦茶にしたんだっ!!!」
「…………くるしいよ、まいちゃん」
「ヘラヘラするなあっ!!」
こんなに怒ったのは初めてだ。どうしてだろう、今なら、何でも―――
「っ~~~~~!」
急な頭痛がして、私の首から手が離れる。
「かほっ、けほっ……。ふふっ、あはっ、あっはははははっ! やっぱり、やっぱそうじゃん! 私ってほんと……、ははっ、ふふふっ、ぷっ……」
「何が……おかしいの! 答えて…っ!」
響く頭を押さえながら、私に問いかける。
「私が死ぬと、あなたも死ぬの。だからね、ずっと一緒に居るしかないの!」
「なに、いって」
「だって当然だよ。私はあなた。あなたは私。同一人物だよ、おかしいって思わないの?」
ああ、そうか―――
結局、私は、なり損ないなんだ。
「今日はもう寝なよ。疲れてるんでしょ?」
「お休み、舞ちゃん」
急に眠気が襲って来た。そんな私を尻目に、私は微笑むのだった。
「ん、んん……」
目が覚めると、もう朝だった。慌てて時計を見ると、もう七時だった。
手早く朝の支度を済ませて、学校へ向かう。今日は二学期の始業式だ。忘れるところだった。
「急げ急げ……」
曲がり角だ。しかも左に―――
私は速度を落とし、誰か出て来ないかを確認する。アニメなんかじゃ転校生とぶつかって云々……だけど、現実はそう甘くない。
「急げ急げ……」
絶対に間に合うが、とにかく早く学校に行きたかった。理由は二つ、香耶さんの顔を見たいのと、三上さんに会いたいから。
「おはよう! お弁当忘れた!」
「嘘でしょ…………」
失望した顔をする三上さん。見せ合いが出来ない事による顔なのか、私の事を心配している顔なのか。
どっちなのかは分からなかったが、とにかくヤバい顔をしているのは分かった。
「開口一番、お弁当の事ですか? はい、どうぞ」
「ゆいちー……、なんで……?」
「慌てて出て来た四宮さんを見たんですよ。そしたら貴奈が、パパが急に仕事休みになったからお弁当余ってる、って言って来たんです。だから持ってきました」
お弁当とカバンを机に置いた私は、ゆいちーと向き合う。
「ゆいちー…………」
「はい?」
「ありがとおおおおおおお~~~~」
「う、うわあっ! 抱き着かないで下さい、まだ暑いんですからぁ~~~」
分かっている。九月、まだ暑さが抜けた訳ではない事は分かっている。でも、これは仕方ないんだ…そう、不可抗力だ。
そんな言い訳を自分に聞かせて、私はしばらくの間ゆいちーに抱き着いていた。
「綺麗なお弁当だ……!」
二学期になっても、相変わらず授業は退屈で仕方ない。だが、この唯一の昼休みが楽しみでもあった。
「うわあっ、パパこれ入れてるんだ……。私には入れない癖に……」
「貴奈、羨ましがらないの。いつも食べてるでしょ。私のハッシュドポテト半分あげるから」
「交換は無しかよ~、チクショウ!」
私が須藤さんのお母さんが作ってくれた綺麗なお弁当に見とれている内に、いつもの三人が集まって、先に食べていた。
「これ、すごいね。卵焼きとか、色が凄く綺麗で……」
「お褒めに預かり光栄です、四宮様」
「貴奈のお母さんは料理上手いんです。時々お昼をご馳走になるんだけど、ほっぺたが落ちる位美味しいんですよ」
ゆいちーはそう言って三上さんのタコさんウインナーを取り上げる。
むくれた顔をしている三上さんを見かねて、須藤さんが煮物に入っていた人参を、そっとお弁当箱の隅に置いた。
これはもう交換だ。プレゼント交換ならぬ、おかず交換。まあ、忘れた私はハブられていたが。
「ねえ、食べないの。さっきから交換ばっかしてるけど……」
「「「食べます!」」」
三人が口を揃えて言う。
「お、おう…………」
圧倒された私は、そんな言葉しか言い返せなかった。
「久しぶりね、四宮さん」
「久しぶりです………」
まさか二学期早々はやってないだろうと思い、放課後、部室へ様子を見に行ったのだが、何故か待っていた霧崎さんに捕まった私は、こうして話相手にさせられていた。
「あの、もうそろそろ…………」
「もう? まだ一時間しか……」
十分だ。すごく十分。
「帰らないと、色々大変なので」
「わかった。そこまで言うなら、一緒に帰るのはどう?」
「え……?」
「また文字入りTシャツを作ったの。今度は『冬将軍到来』ってしてみたのだけど、どう思う?」
「い、いいんじゃないですか。センスが独特ですけど」
困った。どうして初日からこんな目に遭うのだろう……?
これは何か良くない事が起こる前振りだと思った。
「……? 四宮さん、何かあったの」
「え、何でも―――」
「嘘ね」
こっちを見て、キリッとした目で言われると、何も言い返せない。探偵気取りを自称しているだけの事はある。勘の鋭さに驚いた。
「話して。もし嫌なら場所を変えるけど」
「あ、あのっ、もう電車が来る頃なんじゃ」
「そうね。でも、獲物は逃さないわ」
これは、完全にやられた。
「霧崎流格言その9。気分次第で獲物も変わる」
ニコッと笑った霧崎さんは、そのまま駅の方に歩いて行った。
何だか、もやもやが収まらない。家に帰った私は、ベッドに座りながら考えていた。
今日はずっとこんな気分だった。何故だろう、いつもの私とは全然違った。
「ご飯、作らなきゃ……」
そんな気持ちを抱えながらも、私は夕食作りに取り掛かった。
「二人殺したんだ……」
古那彩と早弥。彼女らは犠牲になった。彩は失敗したそうだが、早弥は知り過ぎたための口封じだろう。
香耶に至っては完全な被害者だ。学校に来ていない所を見るに、相当な精神的ダメージを受けたのだろう。
「噂を流して、と思ったんだがね…」
近くの床に転がっているものを一瞥する。
名前も知らぬ書記の男の子。彼女は深く介入しない性格だが、彼は僕のプライベートに踏み込んできた。
それも、僕が裏でどうしてるのかなどをベラベラと喋って、録音もして。
だから殺した。彼はレモンにアレルギーを持っていた。珍しいかどうかはともかく、その事を利用し、飲み物に細工をした。彼の好きなミルクティーをアイスで出した。一口で飲みきれるようにした上で、レモン果汁が入っているとは分からないようにして。
計画通りに事は運び、今ここに至る。
「もっと楽しませて欲しいな、四宮さん」
彼女の方がより楽しませてくれる、こんなものより。
僕は期待して、さらに彼女の動向に目を向けるようにしようと考えた。
「退屈させずに殺されておくれよ、四宮さん」
僕達は異常者だ。誰にも止められないし、自分でも止められない。
これは、生き残りをかけた戦いでもあるんだ。
「ふふっ、はははっ」
実質一人の生徒会室に笑いがこだました。その笑いは、気が済むまで収まらなかった。
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