第29話 理由

「……………………」

 どうして、こんな事になっているのだろう。きっと、私には何かあるんだ。もう一人の私、きっとそうだ。

「……ただいま」

 重い足取りで家に帰った。取り敢えず、ナイフとロープを机に置いておく。手洗いとうがいを済ませ、ベッドに横たわる。何だかどっと疲れた。今日はもう寝ようと思い、無理矢理目を閉じた。


「ここは…………」

 暗い。あの時と何も変わらない、真っ暗な場所。

 私は手を振ってみる。反応するかな……?

 振り続けて少ししたら、なんと明かりがついた。それは小さい光だったが、私にははっきりと見えた。

 光に向かって走る、走る、走る。光は遠のくわけでもなく、近づくわけでもなかった。常に私と一定の距離を保っていた。でも―――

 突然、光が消える。びっくりして、思わず足を止めてしまう。それも急に止まったため、転びそうになり、バランスが保てない。

 倒れそうになった私は、不意に止められたかのような感覚に陥った。

「危ないよー。走る時は注意しなくちゃー」

「あ……」

 その声は、紛れもなく私で……でも顔も私、なんて事は無いだろうと思い、振り返る。

「私が好きにさせたから。だからこんな事になってるんだよ、まーいちゃん?」

 どっからどう見ても私だ。が、助けてくれたんだ……。


「座れるよ」

 話をしたいが中々座らない私に、がそう言った。暗闇だから下に落ちると思っていたので、安心した。

 どんな格好でも座れるかな? と思った私は、足をブラブラさせる格好、座る部分が高い椅子に座る時と同じように座ってみた。 

 座れた。驚いて、の方を見てしまう。は特に何ともなさそうにしていたので、慣れているんだろう。

「驚いてくれると思ったでしょ?」

「………うん」 

「私ってそういうとこあるよね」

「え…………」

 はうーんと考えると、こう言った。

「天然なとこ」

「そ、そんな事! 大体、私が天然なんて一度も言われた事ないもん。三上さんやゆいちーだってそんな―――」

「落ち着けー、落ち着けー、まいちゃーん」

 後ろからギュっとされた。びっくりした私は、思わず飛び上がりそうになってしまった。自分なのに………恥ずかしい。

「ぎゅってしないで。苦手なの、こういうの」

「そっか苦手かー。あははっ、いいもん見せてもらったぜダンナ」

 の時の性格ってあんな感じなのかな……。

 私は、どうしても今の現状に満足出来ていないと思う。それがを生んだ一つの要因であるからだ。

「そもそも、あなたは何なの? 私の事をどうしたいの?」

 余り時間を掛けずに質問に答えろと付け加える。さっさと寝てしまいたいからだ。

「何言ってんのー? は私でもあるんだよー」

「……どういう意味?」

「つまり、舞ちゃんが取り繕ってるのが私、本音がって事」

 意味が分からない。それじゃあ、体を取られている時の感覚や意識が無い事の説明になっていない。

「具体的に説明して! …忘れたいのに、こんな事……」

「怒らないの。ちゃんと一から説明してあげるから。ね?」

 そこまで言うなら……信じるしか無かった。

「中学の頃に遡るけど―――」










 が最初に出て来た時は、いずなちゃんがいじめを受けていた時だった、と思う。

 私はただ耐えていただけで、反抗したりはしなかった。だからこそ、それが余計に弱く見られたんだろう。余りにも酷いけがをしそうになった時もある。青あざや擦り傷なんて日常的だった。見かねたいずなちゃんが守ってくれたから、私は生きているようなものだ。

「やーい、弱虫ー」

「っ、くっ……」

 ああ、今日も同じだ。また、いずなちゃんが身代わりになって……

 その様子をただ傍観している私は、そう思っただけだった。代わりになれば誰だって良かった。それが友達でも、私は構わなかった。

 一人の男の子がカッターを取り出してきた。そのカッターで、いずなちゃんの右腕に少し傷をつけた。

「ぐうっ、い、痛い………!」

「これくらいの傷耐えろよー。お前はあいつの代わりなの知ってるからなぁ~」

 周りの子達がゲラゲラと笑う。私の信じていた人は、実際には私を信じていなかった。いずなちゃんには、私にやるはずだった事をしている点からも明らかだ。

「いじめなんて、良くないよ…………。先生もそう言ってるでしょ」

「先生? なんでそんな奴の言う事聞かなきゃいけないんだよ。優等生気取るのもいい加減にしろ、よっ!」

 いずなちゃんのお腹に鋭い蹴りが入る。

「ぐっ、けほっ、こほっ」

 もう、いずなちゃんの息は絶え絶えだった。放課後に毎日行われるは、先生に見つかるまで延々と続くのだ。

 いずなちゃんがこれ以上苦しむのは見ていられなかった。私は皆の目を盗んで帰ろうとした。でも―――

「おい逃げるなよ

「っ……!」

 その言葉に足が止まってしまう。それを見逃さなかった彼らは、私の事を捕まえて、いずなちゃんと同じ場所まで引きずった。

「お前にはこうだ!」

 私はそこらへんにあったネクタイを両手首に巻き付けられた。

「現行犯で逮捕しまーす」

「何したの?」

「ふつーにキモイんで、逮捕でーす」

 ゲラゲラと笑い声が響く。いずなちゃんは飽きられたのか、ほっとかれていた。だから、いずなちゃんは逃げ帰った。

「おーおー、友達見捨てて帰ったぜー」

「あいつは気に入らないからスッキリしたぜー」

 私を取り囲んだ奴らの声が聞こえる。でも、おかしい。何か、ゆっくりというか、途切れ途切れというか、そんな感じに―――

「ぐふっ!」

 顔を思いっきり蹴られた。

「なあなあ、親無し。お前ってさ、親殺したからいねぇんだよなぁ?」

「それって人殺しじゃん、ホントの犯罪者って事~?」

 顔を蹴られて何も言えない私に、取り囲んだあいつらが次々に非難の言葉を浴びせる。

「…………」

 もはや、私には何も言えなかった。思えば、あの頃から私の人生は狂わされていたんだろう。

 、などという事はあり得ないから。

「黙るなよー。お前なんか弱いんだからな」

「そうだぞー、親無し」

「おーやなし、おーやなし」

 ああ、聞きたくない。もう嫌だ。こんな事、辛い。苦しい。今すぐにでも楽になりたい。

「…………」

 ゆっくりと顔を上げる。視界がぼんやりとしている。でも不思議に、今なら何でもやれそうだと思った。

 怒りでカッとなっているわけでもない。冷静になり過ぎているわけでもない。

 ただ、不思議だった。私は…深い沼に沈むように、意識を離していった。





 鼻の辺りを触る。血が出ていた。ああ、新鮮だ。これが、

「起きたんなら言えよー。でも、今日はここまでにしといてやるから。お前も早く帰れよー」

 私の周りを囲んでいた人達が私から離れていく。今日はもう終わったんだろう。

 誰も居なくなった教室は、本当に静かだった。茜色の空が私を照らす。スポットライトではないけど、私をたらしめるには十分だった。

「私はまだ生きていたい?」

 私に、問いかける。でも、答えが返ってくる訳じゃない。当然だ、この体はのものになっている―――今は。

「本心が私だよ。まだ生きたいんだよねー……」

「ああ、うん。分かるよ、気持ちくらい。学んでいくのも大切なお勉強だからねぇ~」

 私は、今はそっとしておいてあげよう。しばらくは、が表に出ていても大丈夫なはずだ。

「本当はどうでもいいよね、人の事なんて」

 私は感情が無いわけじゃない。ただ、

「相当恨んでるよね~……大丈夫。何とかしてあげるから」

 は私の代弁者。私はそのままでいててくれればいい。

 教室にある物で治療を済ませたは、家に帰る事にした。





 

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