第27話 その時、目に映るのは
「ふああああああっ~~~、よく寝たあっ」
この感覚は久しぶりだ。夏休み二十九日目、暫く振りのこの体、存分に使わせて貰おう。
という訳で、天空寺さんのいる神社にやって来た。
「相変わらず閑散としてるなぁ~」
あの時もそうだったが、この神社には天空寺さん以外の人の気配が全くしない。
ご両親の事は聞いていないが、そんな事はどうでもいい。この体で遊びたい、それだけだ。
「天空寺さんは…いたいた」
周りを探していると、すぐに天空寺さんは見つかった。今日はどうやら巫女装束は着ていないようで、私服で勉強していた。
邪魔しないようにと神社を後にしようとしたが、
「まーいちゃん。つーかまーえた」
後ろからギュっと抱き着かれ、捕まった。
「勉強は?」
「とっくのとっくに終わってます。雷花ちゃんはお休み?」
「夏休み中。でも今日は私一人」
「ふーん……お菓子食べる? お茶もあるよ」
「是非とも」
天空寺さんの誘いに乗った私は、部屋に案内させて貰った。
「こたつ入る?」
「……年中無休なの、こたつ」
「そうだよ、一年中ずっと。 ……片付けがめんどくさいからなんだけどね」
三上さんはよく耐えられるな、と感心する。三上さんが退院した頃はまだ春だったはず。夏にも関わらずこたつとは……
「そんな事よりお菓子、食べていい?」
「いいよ。入って」
天空寺さんから許可を貰った。私は生暖かいこたつに入ってお菓子とお茶が来るのを待った。
「お待たせで~す。甘いお煎餅としょっぱいお煎餅ですよ。お茶は濃くしました」
「ありがとう、天空寺さん」
そう言ってお茶を受け取り、一口含む。冷たいからだろうか、あの時よりも味がよく分かる。
「……濃すぎない? 美味しいけど」
「そうですか? 家はいつもこれくらいですけど」
「……甘いのとしょっぱいのを一枚ずつ」
天空寺さんにお煎餅を要求した。渡されたお煎餅の内、しょっぱい方のお煎餅をかじる。醤油の味がじわっと広がるのが分かる。
「お菓子だけ食べにわざわざここまで来たんですか?」
「うん」
「相当暇と見ましたよ、舞ちゃん」
ああ、本当に退屈だ。私が出て来る時は大体、欲求不満の時だ。何かが足りない、何かを満たしたい、心を埋めたい。そんな時だ。
「お話したいなぁ~、天空寺さんと」
「どんな話をしたいんですか? 勧誘の仕方なら任せて下さいよ。どんどん参拝客を呼び寄せてみせますから!」
そんな話は求めていない。
「ちょっと哲学的な…道徳的な話になっちゃうと思うんだけど……」
一旦区切る。天空寺さんを見据えて、私は続きを言う。
「廃人ってさ、どう思う?」
「早弥……早弥っ」
早弥の体を揺らす。血は出ていないが、本当はやっちゃいけない事だ。でも、冷静じゃない人間にそんな判断が出来るのかと問われれば、ノーだ。
「……」
「どうしよう………」
早弥は相変わらず起きない。寝ているのか、それとも―――
「ん……んぅ……」
「早弥!」
「香耶の声……かーちゃん……」
「……………………っ!!!」
かあ~っと、顔が赤くなる。その呼び方は本当にやめて欲しいと言ったばかりなのに……
「起きて、起きてよ早弥! 私どうしたらいいか分かんないよ……!」
もう訳が分からなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。私一人じゃ本当に何も出来ない。
あの日、私達は気づいたら知らない場所で寝ていた。家から程近い場所だったから、歩いて帰ったのだが、家に着くなり早弥はそのまま寝てしまったのだ。
もう早弥が眠り続けてから二日経っている。早弥はトイレには行くものの、食事は一切取らないし、飲み物も一切飲んでいない。この調子だと早弥は餓死してしまうだろう。
私は本当にどうしたらよいか分からず、自分で出来る最低限の事をしている。もしかしたらそれは、早弥の事を見捨てているのではないか。自分が生きるために人を見捨てるのが、人間の本性だとしても―――
考えた末、私は結論を出した。
「……楽にしてあげるから」
「廃人……ですか」
「うん、そう。廃人」
「そうですねぇ……」
少し考え、天空寺さんはこう言った。
「私にはよく分かりません。でも、救う事は出来るんじゃないですか? その人を満たせるくらいの何かがあれば」
「ふーん、なるほどねぇ……」
そうか、そんな考えもあるのか……
なら、もっと楽しんでいいかもしれない。
「ありがとう。ごめんね、急に変な話振っちゃって」
「いえいえ、舞ちゃんが困ってるなら味方になりますよ。これも何かの縁ですから!」
「お茶、もらえるかな?」
「喜んで!」
まだ午前中にも関わらず結論が出てしまった。仕方ない、もうちょっとゆっくりしていこう。
「あっ………がっ、く、くる、し―――」
「早弥、ごめん…………ごめんっ……!」
早弥の看病は到底出来ない。家事なんて、お姉ちゃんや早弥に任せっきりだったから。だから、こうするしか方法が無い。
首を絞める手に力を込める。首の骨を折らない位に、それでいて確実に殺せる位に。
「か、や………行けるの、かな……お姉ちゃんのとこ、に……」
「そうだよ、一緒だからっ、ずっと……ずっと……!」
苦しそうにしている早弥は、その言葉を聞いて安堵したようだった。
「かやは、いっしょじゃ………ないの…………?」
「っ……!」
もう少しと思って油断したか、その言葉で両手が離れてしまう。
「けほっ、こほっ…………」
「早弥、私……私」
「だいじょうぶ、だよ……そばにいてあげる……ずっと―――」
そこまで言うと、早弥はまた眠ってしまった。
そんな早弥を、私はただ眺める事しか出来なかった。
「もう帰るんですか?」
「うん、お昼は違う所で食べる。まだ寄りたい場所があるから」
天空寺さんにお昼ご飯は食べていくかどうか誘われたが、遠慮した。軽く食べた後は、彼女らの様子を見に行く事が目的だからだ。
「そうなんですか、仕方ありませんね。人の事情を邪魔しちゃいけませんし」
「わかってくれるんだね、天空寺さん!」
「もちろんですとも。友達の事情を無視なんてありえませんよ」
お互いに手を取り合う。これで友達として更に仲良くなった、はず。
「じゃあ、またいつか」
「初詣、お待ちしてま~す」
まだ夏なのに……まあ、言ってもどうせ聞こえないので口に出して言わない事にした。
階段を下りながら、あの二人について考える。
「今頃どうしてるかなぁ~」
ワクワクを抑えられないまま、私は彼女らの家へ向かうのだった。
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