第26話 極めるは
「あの、水着ありがとうございました」
「別にいいですよ。ほとんどが私の衝動買いなので」
帰り際、水着を貸してもらった事へのお礼をすると、しのさんはそう答えた。
「終夜が気絶している間に皆さんを着替えさせたんです。あ、もちろん終夜は海パンにさせましたよ。男のくせに私に頼ってばっかで、ほんっと卑怯ですから」
しのさんは怒っていた。だが、その表情は柔らかく、口調もどこか優しかった。
「でも、しのさんの水着可愛かったですよ。あれ、メイド服をそのままにしたって感じがあっていいと思いました」
私は率直な感想を述べる。他の三人は電車で帰ってしまったので、ここに居るのは私一人だ。二人っきりだから、少し踏み込んだ話も出来る訳で……
「正直な所、あの水着も雷花さんの着た水着と同じくらい露出が多いので……」
恥ずかしそうに言うしのさん。あの水着を着ている時のしのさんは、何と言うか、エロかった。だから、私は余り見ないように意識していた。だが、何度か凝視してしまった場面があった。
「動きやすいのですが、あれを外で着るとなると……目線がどうしても気になってしまうので……」
「あーー、そうですよねぇ~」
上の空だった私は、適当に返事をする。恐らくは、しのさんも私の目線に気づいていたはず。
「あの、しのさん。もしかして……私の目線に気づいてたり、します?」
「視線…ああ、はい。胸の辺りに感じましたね」
「大きいですよね、羨ましい」
「隠れ巨乳なんですかね、私は。いつもの服だとそんなに強調されないんですけど」
不思議そうにしのさんが呟く。私は私で違う事を考えていた。三上さんの反応だ。
きっと三上さんなんかに言えばこう言うに違いない。
『メイドは心も体も完璧であってこそ正に至高の領域! ……属性として巨乳もあるとか羨ましい。美人だし、スタイルも素敵だし、あっちの事も、もしかしたら―――――』
碌な事はまず言いそうにない。
「舞さん? 舞さーん」
「は、はい?」
「どうしたんですか、固まっちゃって」
「何でもないです。あの、もう出なきゃいけないんで」
ふと我に返った拍子に時計を見ると、もう六時近くになっていた。
「じゃあ、今度も―――」
「安全運転でお願いします!」
行きは地獄を味わったんだ。だから帰りは極楽を望む。
「了解です」
返事に安心した私は、無事に帰れるように祈り、しのさんが運転するワゴン車に乗った。
その夜―――
家に着いた私は、トイレに駆け込み、吐いた。
夏休み十六日目。外で散歩をしていると、電柱についている貼り紙が目に入った。
その貼り紙には夏祭りを開催すると書かれており、日付は今日だった。
「…行こうかな」
あれ以来、皆とは会っていない。誘おうかと考えたが、たまには一人でブラブラしたい。皆には内緒で夏祭りに行く事を決めた。
「おおお~~~」
圧巻の光景だ。ずらりと並ぶ屋台、行き交う人達、如何にもお祭りという感じだ。
「浴衣、着れば良かったかな…」
私は浴衣を持っていない。その場で貸してもらえるお店もあったのだが、借りてしまえば最後、汚してしまうかもと思い、断念した。
さてどうしようかと考えていると、後ろから肩をポンポンと叩かれた。
「香耶さん、早弥さんも……」
振り向くと、香耶さんと早弥さんがそこに居た。
「しのみー、本当に大事な話があるの。だからさ、ついて来て欲しいんだ」
不思議に思いながらも、私は二人について行く事にした。
少し歩いた場所にある土手に座ると同時に、早弥さんが聞いてきた。
「食べながらでもいい?」
「いいよ。丁度お腹すいてたから」
私がそう言うと、香耶さんが袋から何やら色々取り出した。
「タコ焼きに、イカ焼き、フランクフルトにチュロス。飲み物もあるけど……」
「あ、炭酸系のが……」
「はい、コーラ」
「ありがとう」
香耶さんから受け取ったコーラを少し口に含む。シュワッとした炭酸が口の中に広がった。
「で、話って何?」
「しのみーはさ、覚えてないかな。ここ、前に何かあった場所なんだけど」
辺りを見回す。
「暗いから分かんない。何があったの?」
「舞さんが、どんな事したか……ちゃんと調べてもらったんです」
「うん、それで?」
「ここでお姉ちゃん殺しましたよね?」
香耶さんの言葉に少し動揺するも、そんな素振りを見せないように話を続けさせた。
「しのみーがお姉ちゃん借りるって言った時嫌な予感がしたけど、きっと大丈夫だと思って行かなかったの」
「でも、お姉ちゃんが居なくなったって聞いたから…舞さんなら何か知ってるかもって。それで早弥は聞いたの、お姉ちゃんはどこ、って」
これは……マズい事になっているかも知れない。
「でも二人共考えてよ。もし私が殺しちゃったとしたら、私はここに居ないんだよ。血の跡だって残ってないし、やっぱり流されたんじゃないかな?」
何とかして私が有利な状況に持ち込まなければ……
「お姉ちゃんは、大切な人でした。お父さんもお母さんも仕事バカでどうしようもない人で、いつも三人で暮らしているみたいなものなんです」
「しのみー、家族を奪われた人の悲しみが分からないの? あの日からいきなりお姉ちゃんが居なくなって、今までやった事の無い事全部やって、お姉ちゃんの帰りをずっと待ってたの。なのに、いつまで経っても戻って来なくて…霧崎さんが協力して、ようやく分かったと思ったら……死んでました、なんて…理不尽でしょっ!」
二人の、特に早弥さんの言葉に圧倒される。
だが、言い訳なんて考えていられる程の余裕は無かった。丁度目線の先では、綺麗な花火が上がっていたからだ。
沢山の人の歓声に二人が一瞬の隙を見せた瞬間―――
「ここでいいかなっと……」
二人の一瞬の隙をつき、首筋をチョップで叩いた私は、二人を祭りの会場から少し遠い所まで運んだ。もちろん、買ったものは全部食べておいた。
「ばれたら仕方ないよね、もうさよならだ」
私はまだ彩さんが生きていた時の言葉が気になっていた。
心変わりましたかという言葉、恐らくは私の事を知っていてあのように言ったに違いない。だとすると―――
「彩さんは、会長から送られた刺客…みたいな」
そんなはずと思いながらも、どこかでは確信が持ててしまう。
家族を奪われた、だからどうした。私はもう全て失っている。だからもう、失うものは何もない。
「どうしても殺したいんだね、私の事…どうするのが正解なのか分かる、二人は?」
尋ねても返事は帰ってこない。当然だ。まだ気絶しているから。
「……はぁ」
どうしても、殺す気になれない。私だと。
もう外は暗い。これなら大丈夫だろう。彩さんとは違い、苦しまないようにさせたかった。
「……ふふっ」
私は注射器を取り出す。その中には、興味本位で作った薬を入れてある。
「ばいばい」
そう言って、私はその薬を―――――
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