第23話 恥ずかしさを隠して

 夏休み十六日目。十時を過ぎた辺り、私に電話がかかって来た。 

「もしもし?」

「四宮さんのお宅でよろしいですか? 篠ノ井ですけど」

「しのさんですか? あの、用件は何でしょう……」

「家に来ませんか? お友達も連れて」

「え、いいんですか。また…」

「もちろんです。今、無性に車を走らせたい気分なので」

 恐らく、終夜さんとの間に何かあったんだろう。心なしか、怒っているような声だから。

「そちらに伺いますので、暫し待っていて下さい。それでは」

 電話が切れた。受話器を置こうとしたが、ついでにいつもの三人にも連絡を入れる事にした。


 四人で談笑していると、チャイムが鳴った。代表して私が出て行く。

「しのさん」

「こんにちは、四宮さん。後ろの方達は……?」

「友達です。誘ったら二つ返事で……」

「そうなんですね。乗ってください」

 しのさんはそう言って、車に私達を乗せてくれた。

「広いですね。もしかして、ワゴン車ですか?」

「そうですよ。実は二台持ってまして、迎え用と遊び用で分けているんです」

「じゃあ、これは…」

「遊び用ですよ」

「遊び用!」

 三上さんが食いついてきた。

「駄目ですよ三上隊長、人の車の中で激しく動くのは…!」

「落ち着いて! 荷物、荷物がぁ!」

 後ろの三人はわちゃわちゃしていた。行く前からお祭り気分。おかげで車は激しく揺れ、発進出来るか心配だった。

「……沈めてやろうか……」

 しのさんも苛立っていた。どうしたらいいのか分からず途方に暮れていると―――

「何しているのー」

 声がした方向を見る。自転車に乗って現れたのは、霧崎さんだった。

 半袖に半ズボン、麦わら帽子にサングラス。服には、『働け』の文字がデカデカと印刷されていた。

 サングラスを外すと、私の方を見て言った。

「夏休みは弾けるべきだと思うの」

 そんな話を急に振られても。よく分からず困ってしまう。

「あの、もう行かなきゃいけないんで……」

「どこに行くつもりなの?」

「ど、どこか遠い場所へ……」

「私も行っていいかしら?」

「え、遠慮して下さい、気遣いたくないのでっ……!」

 今回だけは無理だ、と普通に言えないばかりか、緊張しすぎてとんでもない事を口にしてしまった。

 恐る恐る顔を上げると、霧崎さんは私の髪をクシャクシャにして、笑顔のまま走り去って行った。

「お知合いですか?」

 しのさんに聞かれる。

「はい、先輩なんです。 ……一応は」

「そうですか。 ……そろそろ行きましょう。もう準備出来てるはずですから」

 後部座席の三人にドアを閉めるように指示すると、しのさんはちゃんと安全確認をした上で、思いっきりアクセルを踏んだ。


「楽しかったぁ~! また乗りたいなーっ!」

「ゆいちー嘘でしょ、あんなの死人出るって……」

「腕痛いよー、隊長もう離れてよ~」

「怖いよぉ、死ぬかと思ったぁ、四宮さ~ん」

 車から降りた私達は、各々の感想を言う。ゆいちーは大丈夫そうにしていたが、三上さんはフラフラになっていた。須藤さんは丈夫な二人の間に挟まれていたので、少しすれば治る程度で済んだ。私に至っては、吐き気を催した。

 目まぐるしく変わる景色に、荒れているしのさん、後ろの三人のうるさい声を聞き続けた影響だった。

「……吐きそう……」

「敷地は広いので、どこで吐いてもいいですから」

 しのさんがそう言ってくれたが、遠慮しないですぐに吐くのは私も罪悪感を感じる。

「水道かどこか……」

「分かりました、こちらです」

 背中をさすられながら、しのさんと一緒に近くの水道を目指した。


「ここってどこなんだろう?」

「藤宮家」

「の庭、だけど……」

「広い! ひろーーーーーーーーーーい!」

 広い庭に感動して、つい大きな声を出してしまう。

「うるさいって。四宮さんまた気持ち悪くなるかも知れないよ」

 ハーモニーに注意されてしまった。文句を言おうとしたが、ここに居ますよ、と言わんばかりに、四宮さんの吐いている声が聞こえてきた。

「うわぁ……」

 セイレーンが顔をしかめる。

「そんなに気持ち悪いかなぁ?」

 ハーモニーはケロッとしている。

「……本当に気持ち悪い人の声だよ、これ」

 水道で吐いているんだろう。そんな四宮さんを想像しただけで、震えあがってしまった。

「乗り物、強くないのかな……四宮様」

「出かけるときは酔い止めを飲んでもらわないと……!」

 本人の意思なんて関係ない。四宮さんを救うには、多少荒っぽいやり方もせねばと決意したのだが―――

「私はいらないよ……?」

「「あんたじゃない!」」

 勘違いした誰かさんの一言に、私達はツッコミで返した。


「遅いな、由香。何してんだろうな?」

 もうとっくに準備出来ているのに。一時間待っても現れない由香達を心配して、陸翔に声をかける。

「……お兄ちゃん、変な声がする……」

 陸翔がそう言うので耳を澄ませると、微かに声が聞こえる。何か吐いているような声だった。

「……気にすんな」

 気味が悪いので、陸翔にはそれだけ言った。すると、そばに置いた携帯が振動を始めた。

「由香かよ……」

 電話をかけて来たのは由香だった。出たくないが、出る事にする。

「はい、もしもし」

「そっちはどうなの?」

「は? 何が」

「準備。あんたじゃ話にならないから、りっくんに変わって」

「ったく。陸翔ー、由香から電話だぞー」

 駆け寄って来た陸翔に電話を渡す。縁側で楽しそうに話す陸翔を見て、俺も羨ましくなってしまった。

「早く来いよなぁ……」

 そう言って、俺は蒸し暑い部屋の中で待つ事しか出来なかった。


 

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