第22話 君はそのまま

 夏休み五日目。今日も暑い。一日目と同じ格好で二日目を過ごしたら、案の定、気分が悪くなった。

 なので、反省を生かそうと考えた結果、半ズボンだけは履く事にしたのだ。

「あーーーーーつーーーいーーーー」

「扇風機の前で騒がないで」

 折りたたんだ扇子でピシャリと左手の甲を叩く。

「イテッ!」

「ごめん、わざと」

「う……うん?」

「私は涼しくなりたいの。どいてくれる?」

「やだ」

 その言葉にムッと来た私は、扇風機の前で取っ組み合いを始めた。


 朝、起きて早々リビングに行くと三上さんが居た。正直、驚きすぎて眠気が覚めた。朝ご飯は食べたけど、弟の事に付きっきりな両親に嫌気が差したから、勝手にお邪魔したようだ。

 ただ、普通こんな朝早く来るのは頭がおかしい。私は思わず、「帰れ」と言ってしまった。

 まあ、扇風機の風を巡っている時点で帰ろうという意思を見せていないが。

「今日はどうするの?」

「お昼食べたら帰る……つもり!」

 畳に倒され、扇風機を独占された。

「ふぅ~~~~~~~」

 カチンときた。後ろから羽交い絞めにして、畳に押さえつけた。

「いたたたたっ!」

「甘く見てるからだ、ぞっ!」

 これ以上やると三上さんが可哀そうなので解放してあげた。三上さんは両腕を抑えて痛そうにしていた。

「いたいー」

「あんまり使うと電気代がもったいないの」

 そう言って扇風機のスイッチを切る。

「あーーーーーーー! 本当に殺す気だー!」

「うるさいうるさい」

 両耳を軽く塞ぐ。三上さんは、私が見せた隙をチャンスだと思ったようで―――

「エアコンあるー」

 点けさせまいと思っていたエアコンに気づいてしまった三上さん。

 仕方ない。私は根負けして三上さんの思う通りにさせた。


「ねえもう10時だよー。なにするー?」

 ゴロゴロしている三上さんに尋ねられる。

「洗濯物をたたんだので入れて下さい」

 私が昨日着た服を渡す。

「くんくんくん……いい香りが―――」

「早く入れて下さい」

 人の服の匂いを嗅ぐのは―――いや、洗剤の匂いか?どうでもいい事だ。

 クローゼットに服を入れるように三上さんに指示する。指示した通りの事をやって戻って来た。

「あなたは優秀ですね。このビーフジャーキーを一本あげましょう」

「ありがとうございます。ですが、ビーフジャーキーではお腹いっぱいになりませんので買い物に行きたいです」

「……冷蔵庫見たの?」

「あ、見てない、見てない、見たない……あっ!」

 噛んだ。なら当然―――

「見ましたね?」

「……はい、見ました」

「何が食べたいですか?」

 お昼を食べてもどうせ帰らないだろうと予測した私は、好きなものを食べさせる事で引き留めようと考えた。

「いいの! えっと……えっと、じゃあ、ラーメン! 豚骨の!」

「私は醤油派なのでその考えは受け入れられません」

「鬼! 悪魔! 根性無し!」

「季節も考えなよ。冬ならいいけど夏だよ。夏のラーメンはちょっと……」

「むむむ……そう来るか……」

 どうしても温かいラーメンが食べたいらしい三上さん。さっぱりする冷やし中華が良いと考えていた私。出来れば争わず、穏便に済ませたい所だが……

「ビビッと来たぁ!」

 急な大声にビクッとした。

「ど、どうしたの?」

「季節は夏。我は豚骨、貴様は醤油。温かいのと冷たいの。どちらも共存出来る素晴らしいアイデアを思い付いたのだデス・カーニバルよ」

 いつにもなく大仰な態度で三上さんは話す。だが、大体イメージがついていた私は言いたい事が分かった。

「ああ、つけ――――」

「ノンノンノン、言うな言うな!」

「はい」

 答えを言いたかったが、大人しく従う事にした。

「あーあ、もう分かってるならやらなきゃ良かったけど……答えはつけ麺」

 不機嫌な態度で三上さんは言う。まあ、そうだろうと予想出来た。

「材料買いに行きましょう。さ、支度して」

「なんで仕切るの」

「こういうのはノリなの。いーから、いーから」

「はーい」

 三上さんに促されるまま支度を終えた私は、近所にあるスーパーに足を運んだ。


「具材とかどうするの? スープに麺に、後は器も」

「お店じゃないから」

「う……冗談だってばぁっ!」

「はいはい、ムキにならない」

 軽い冗談を言う三上さんにツッコミを入れながら、まずは具材を決める。

「普通でいいよね。大体のラーメンに使われてるので何とかなるし」

「ネギ! 好きだから乗せて!」

「近い近い、分かった。ネギは家にあるから」

「やったー!」

 嬉しそうにガッツポーズをする三上さん。何だか見ていてほっこりする。前はこんな気持ちになる事なんて無かったのに。昔の私とはだいぶ変わった。

 カゴにチャーシュー、メンマ、味付け卵を入れる。

「麺はどうするの?」

「細麺で!」

 ここは共同前線を張れるみたいだ。私も細麺派だから馬が合う。二袋をカゴに入れる。

「なか~よしの~ハイタ~ッチ!」

 たまにはこっちから仕掛けようと思い、調子に乗った。

「……え、大丈夫? 病院行く?」

 ドン引きされた。

「チッ」

「あー! とんこつだー!」

 目当ての豚骨スープを見つけた三上さんはそっちの方に駆け寄って行く。今の反応で私が気分を害したなんて微塵も思ってないだろう。舌打ちにも気づかなかったし。

「はぁ……マイペースだなぁ……」

「これ買って、これ買って!」

「入れといて。醤油の方も選ぶから待ってて」

 三上さんにカゴを押し付け、醤油のスープを選ぶ。

 三上さんが持って来たのは味が濃い豚骨スープ。同じ濃さだと味が悪くなるし、薄すぎても味が締まらないだろう。なので、いつものとは違うのを買う事にした。

「これでよしっと。あ、お金。足りるかな…」

「二千円持ってます」

「三上さんが……二千円!?」

 口が滑った。いつもバカみたいな事を平気でやっている人が二千円持ってる事に驚いたからだ。

「レジ空いた。時代はセルフレジ。行こうよ」

 のほほんとした顔のまま私を引っ張る三上さん。セルフレジに慣れているのか、テキパキと済ませていく。持って来た袋に商品を詰め終えると、スーパーを出た。


「三上さんって、案外何でも出来るんじゃ……?」

「なんか言った?」

「ううん」

 そう言って誤魔化す。何というか、出来る人なんだと思った。

 家に到着した時はまだ十一時だったので、香耶さんが来た時にやろうとしていたゲーム機で遊んだ。

 十二時になり、暑さも増してきた。三上さんはやりたいと言って、お昼を作るのも手伝ってくれた。

 三上さんは満足そうな顔をしながら、出来上がったつけ麺を食べていた。

 私もその横で麺をすする。いつもより美味しく感じた。

 結局、三上さんは半日では帰らなかった。お昼の後も、二人でお茶を飲んだり、テレビを見て感想を言い合ったりした。

「もう四時だね。そろそろ帰るよ」

「清々する」

「なにをーっ!」

「冗談だってば、怒らないでよ」

 うがーっ、と近づく三上さんを抑えながら、私は玄関まで連れて行った。

「ちゃんと話しなよ。心配してるだろうし」

「もちろんさ! 話します故に」

 三上さんはサムズアップをした。

「あーはいはい。もう帰っていいですからね」

「はーい、また明日!」

「明日ね~」

 玄関のドアが閉まるまで、私は三上さんに手を振り続けた。

 終わってみると、一日がすごい短いのだと思った。こんな事、あんな事……あげたらキリがない。

 前なら一人でいても平気だった。今でもそれは変わらない。けれど―――

「寂しいな……」

 今は、ちょっぴり寂しい気持ちになった。

「……明日?」

 ふと疑問になる。また明日、そう言って別れた。もしかして―――

「明日も来るつもりなの……?」

 急に気分が悪くなってきた。そんなはずないだろうと思いながらも、来てしまうのではという不安の方が大きかった。でも、来て欲しいという気持ちも何処かにあった。正直言って、明日も明後日も来て欲しい。二人の時間が、何よりも楽しかったから。

 今日は疲れたから早めに寝ておこうと思い、すぐに夕飯作りに取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

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