第21話 休み

「はぁーーー、暑いなーー」

 季節は夏。セミが鳴き、喉の渇きも間を置かずに襲って来る。

 風鈴で何とか涼を取ろうとしていたが、どうにもならない。ここは惜しみなく電化製品の力に頼ろうと考えたが……

「使いすぎは良くないしなぁ……」

 そうつぶやき、一年前の夏を思い出す。

 一年前、夏も終わりに近づいた頃、小さい紙がポストに入っていた。それは、契約している電力会社から送られて来たもので、お金を取りますよという紙、いわゆる請求の紙だった。

 金額を見て愕然とする。2万5千89円。使いすぎだ。

 エアコンに扇風機二台。窓も全開にして風鈴も付けて……考えうる限りのやり方で涼を取っていた。その結果がこれだ。

 多額の請求と極度の腹痛に悩まされた私は、もうこんな事はしないと誓ったのだ。

 だが―――

「あつーい」

 情けない声がどうしても漏れてしまう。八日間学校を頑張った私は、来たるべき夏休み三十五日を思いっきり過ごそうと画策していた。

 けれど、とにかくやる気が出ない。汗も普段の倍にじみ出ている。花の高校生、それに女子としてはあるまじき姿であるパンツとシャツ一枚の姿をしているにもかかわらず、だ。

 お腹を出したら風邪をひく、半ズボンを穿かないとヤバい。畳にゴロゴロしている暇があればちゃんと服を着た方がいい。こんな心の声も、今の私には届かない。

 仰向けからうつ伏せになり、リモコンを使い、エアコンを作動させる。

 ウイーンという音と共に、部屋全体が徐々に冷えていく。傍に置いておいた携帯の電源をつけ、大きな氷がゴロゴロ入ったコップに麦茶を注いで一気飲みする。

「ぷはっ、沁みるぅ~」

 顔がくしゃっとなる。ああ、生きている。私は生きているっ……!この瞬間が感動する。

 少しして思い出す。宿題はあっただろうかと。

 今では気軽に繋がれるアプリがある。それを使い三上さんに連絡を入れる。

【宿題ってある?】

【無いよ】

 一秒と経たずに返信が帰って来る。どうやらそっちも暇なようだ。

 でも、今日は一人で居たい。やる事が多いからだ。

 時刻は九時。さてどうしようかと考えていると、チャイムが鳴った。

 立ち上がろうとしたが、既に玄関に入られていた。

 靴を脱いで上がって来たその人は、私を見るなり引いていた。

「香耶さん! なんの用かな?」

「……着替えて下さい……」

 笑顔で出迎えた私に、香耶さんはそう言った。


 結局着替えなかった私に対して、香耶さんは何も言わなかった。

「……どうしたの、急に押しかけてきて」

 普段誰かの後ろに隠れている香耶さんが出て来るなんて珍しい。

 きっと理由があるはずだと思い、優しく聞いた。

「……早弥が、寝てて、お父さんもお母さんも仕事、行っちゃったから……寂しくて、だから……」

「そうなんだ。じゃあさ、ゲームしない?」

 そう言うと私は、携帯ゲーム機を二台取り出す。

「あの……そんな事する為に来たんじゃないんです」

 ちょっと強い口調で香耶さんが言う。

「お姉ちゃんの事で、話があるんです」


「何かな? そんな真面目そうな顔して」

「舞さんも、怖い顔してますよ」

「……」

「今朝、警察の人が来ました。お姉ちゃん、範囲を広げても見つからないって。だから捜査は打ち切りにするって言いに来たんです」

「打ち切り」

「はい。でも、変ですよね。普通考えてみても、ただ流されたなら靴とか残ったりしてるはずです。でも、何も残ってないのはさすがにおかしいですよね?」

「うーん、おかしいかな?」

「舞さん、お姉ちゃんは本当に流されたんですか? ……誰かに殺されたなんて事、あり得ないですよね」

 その言葉に、一瞬右手が震える。

 震えを左手で抑え、香耶さんに言う。

「そんな訳ないよ。きっと―――」

?」

 香耶さんの言葉に耳を疑う。

「嘘? 嘘ってどういう意味?」

「そのままの意味です。今の舞さんと一昨日辺りの舞さん、全然違いますから」

 そう言えば、彩さん言ってたな……。「香耶は洞察力に優れてる」って。

 今になってそんな言葉を思い出すなんて。詰めが甘かったようだ。

「核心とかしてるの? 彩さんはどうなったか、自分で分かってるつもり?」

 今までにないくらい低い声で言う。香耶さんに真実を知るだけの覚悟があるのか、知りたいから。

「お姉ちゃんは……死んじゃったから……だから、だからっ……」

 声が震えている。

「私がっ、ちゃんと、しなきゃって、お、思った、のに、出来なくてっ……!」

 そこまで話すと、大粒の涙をポロポロと零す。

 ああ、優しいんだな……香耶さんは。もう分かっていたんだ。でも、敵討ちなんて言葉は使いそうもない。

 香耶さんは、彩さんがいないのを分かっていたんだ。なのに、と聞きもしない。

 まだ、嘘だと思っているんだろう。心のどこかでは私を信じているんだ。お姉ちゃんは、彩さんは帰って来ると。

 。そう思っているに違いない。

 私のままでいい。追い打ちをかけて、ここで壊す事だって出来る。でも、私のが、それを許さなかった。

「彩さんは、もういないの。早弥さんは分かってるの?」

「ぐすっ、っ……はい、多分……」

「スッキリした?」

「っ……相談、出来なくて……どうしたらいいか、わ、わかんなくなって……お姉ちゃん……うっ、ひぐっ、っう」

 見かねた私は、早弥さんがしたように香耶さんの背中を優しくさすった。

 香耶さんが元気になるまで、ずっと、ずっと、さすっていた。


「押しかけてごめんなさい。も、もう帰りますっ……!」

 沢山泣いて真っ赤になった顔を隠しながら、香耶さんは家を飛び出して行った。

 バタン、とドアが閉まる。それから五秒後、私は大きな息を吐いて畳の上に寝転がった。

~~~」

 ああ、やっぱり無垢だ。純粋な心を利用したのは悪いと思っている。。呪文のように何度も自分に言い聞かせる。

「ふふっ、あははっ、ははっ」

 自然と笑いが漏れる。彩さんは確かに死んだ。私が見ていないだけだ。

 私は見ていない。私は何も知らない。私はをしただけだ。












































 でも、は?

 は全てを知っている。は事の顛末を分かっている。

 私がを受け入れてしまった。それは罰なんだ。

 私はを知ってしまった。後戻りは出来ない。もう―――――











































               








   

 


                            

















              いっその事―――――






























































              
















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