第20話 結果としては

 あれから二日後、全校集会が開かれた。内容は至って簡単だ。

 彩さんがいなくなった。ただ、それだけだ。

 教室に戻り、席に座って考え事をしていると、早弥さんが暗い表情で話しかけてきた。

「しのみー……」

「早弥さん?」

「あの……お姉ちゃんの事、だけど……」

 あの時出迎えてくれたのは早弥さんだった。私の顔を見るなり嬉しそうにしていた。「お姉ちゃんを借りる」という言葉に、一つ返事をしてくれた。

「知ってるよね? しのみーなら……」

「ああ、うん。はぐれちゃったんだ、私達」

「はぐれたの?」

「うん。私達の家の近くに草原があるよね? 川も流れてる所。暑いから川遊びしようって誘ったんだ。そしたら、ちょっと目を離した隙に居なくなっちゃったんだ」

「流されたの?」

「多分……」

「そうだったんだ……ありがと、しのみー」

 席に戻る早弥さんを見て安堵する。何とか誤魔化す事が出来た。

 。恐らく、私がを受け入れた時からだろう。

 それか―――もっと前からなのかもしれない。


































              



































 彩さんが居なくても、日常なんて変わらない。

 私にとっては、友人が一人居なくなった程度だった。

 でも、にとってはどうだろう? きっと、最高のスパイスだったに違いない。

 三上さんに言われた事を思い出す。

 隠れ二重人格―――――

 もう一人の人格に興味なんて無かった。上手くやれていればそれで良かったからだ。でも―――――

「バカみたい……」

 ふと、そんな声が漏れてしまう。

 気が付けば、私の頬には涙が伝っていた。

 






































          


























「香耶ちゃんの所に行こう」

 須藤さんはいつにない真面目な顔でそう言った。

 こんな事があったので、学校は半日で終わりになった。当然、午後の時間が空く。

 だから、学校に来ていない香耶さんを心配して、二人で行く事にしたのだ。

 三上さんとゆいちーもついて行こうとしたが、あまり人数が多いといけないからと、須藤さんの提案でまたの機会になった。

「私が行く必要あるの?」

「あるよ。色々言った責任とか取って貰うんだから」

 顔は笑っていたが、口調は真面目だった。

 本当は行きたくなかった。バレるのを防ぎたかったからだ。けれど、そこまで言うならと思い、ついて行く事にした。


 古那家に寄る事になった私は、須藤さんがチャイムを鳴らすのを一歩離れた場所から見ていた。数分後、出て来たのは早弥さんだった。

「あ……来てくれたんだ」

「うん、香耶ちゃん居る?」

「居るよ。 ……でも、塞ぎ込んでて。話聞いてくれるか分からないけど」

「分かってる。せめて、話だけでも聞きたいから」

 須藤さんは私に向けて手招きをした。入っていいと言われたのだろう。私も後に続けて入った。

 二人はそのまま香耶さんの部屋まで直行した。私も後に続こうとしたが、ためらいが出た。本当にいいのだろうか。

 見た限り、香耶さんは本当に純粋だ。恥ずかしがり屋で引っ込み思案。それでいてたまに毒を吐く。

 そんな子に会う資格があるのかと。嘘まみれの私が会ってはいけないと思った。

 でも―――そんな理性はとうに無くなっている。

「はぁ……」

 ため息をつく。幸せが云々と聞いた事があるが、今はどうでもいい。

 このため息は、


 遅れて部屋に入る。ドアが開く音に気付いたのか、香耶さんがゆっくり顔を上げる。泣いていたのか、目の辺りが赤くなっていた。

「大丈夫、なわけないよね」

 香耶さんに何処か他人事のように声をかける。香耶さんの前でしゃがみ、頭を撫でながら話す。

「早弥さんには言ったけど、彩さん流されちゃったの。今警察の人とかが探してくれてるって。彩さんについて知ってる人がいたらすぐに学校の方に連絡をしろって朝言われた」

「きっと見つかるよ」

 須藤さんがアシストする。

「だからね、きっと帰って来るよ。だって私達のお姉ちゃんだもん!」

 香耶さんに自信を持たせる為だろうか、早弥さんも言う。

「……」

 でも、香耶さんは俯いてしまう。それを見て、私も頭を撫でるのをやめた。

「ごめんね、今日はもう……」

 早弥さんがそう言ってくれて、ありがたかった。

 余り長居しても迷惑だし、そもそも私が行く程の用でも無いと思っていた。

 須藤さんも観念したのか、「帰ろう」と言って真っ先に古那家を出た。

 帰り際、二人を一瞥する。

 部屋の隅で体育座りしている香耶さんの背中を、早弥さんが優しくさすっていた。          

 時々、「大丈夫だよ」と言いながら、香耶さんの手を握っていた。早弥さんの声は震えていた。

 私は何も言わず古那家を出た。須藤さんは先に帰ったのか、姿が見えなかった。

「夏休みか……」

 一週間と二日経てばもう夏休みだ。変に事を大きくしないようにしなければならない。

「大変だなー、

 私はを受け入れてしまった。だから、何が起きても平気になった。

 いや、実際は、と言った方が良いのかも知れない。

 普通の人なら発狂している程の地獄を味わったのだ。慣れてしまうのも仕方ない。

 もう時刻は五時を回っていた。これからの事は、家に帰ってから考える事にしよう。私はすぐさま帰路についた。









































 血生臭い匂いが家中に広まっている。ゴミの日のカレンダーを確認した所、明日が燃えるゴミの日だった。

 は放っておいてもいいが、何か感づかれるような事があれば、手間がかかる。

 気づかれないように、その袋は生ごみと一緒に出す事にした。休みになったら、家全体も消毒しなければならない。


 次の日、の処理を終えた私は、何事も無かったかのように、学校に向かった。

 

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