第19話 かけらを集めて
「あつ~い」
開口一番、早弥はそんな事を言った。
「暑いね。でももうすぐ夏休みだよ」
そう言うと香耶も「楽しみ……」と返した。
ここは普通の私立高校に比べて休みが少し長くなっている。一日か二日程度では無く、一週間も長いのだ。
一週間と聞くだけでだいぶ違う。少し長く休めると思うだけで、心がだいぶ楽になるからだ。
「もう行くよ。四宮さん待ってるから」
「はーい!」
相変わらず、早弥は元気だ。香耶は持ち物を持ったかどうか、しっかりと確認している。
私が出ようとした時、玄関のチャイムが鳴った。
きっと四宮さんだ。そう思い、ドアを開ける。
四宮さんと思っていたのに、雷花ちゃんだった。雷花ちゃんには悪いが、私はがっくりと肩を落とした。
「え、がっかりする所?」
「当たり前ですよ。四宮さんと行こうと思ってたのに」
頬を膨らませて怒る私に、雷花ちゃんは言う。
「今日はセイレーンと一緒だよ」
「貴奈ちゃんと一緒なの?」
「うん、そうみたい」
「なんで?」
「わ、私に聞かれても……」
そんなやり取りをしている内に、二人の用意が出来たみたいだ。雷花ちゃんを押し出すような形で、三人揃って家を出る。
雷花ちゃんと早弥は仲がいい。だから揃ったらすぐ話す。香耶も頑張って話の中に入ろうとしていた。
そんな微笑ましい姿を見ているからこそ、余計に躊躇ってしまう。
どうしてもなのかと考える。昨日の事が、まだ信じられずにいた。
家を出ようとして玄関のドアを開けた。そこにいたのは須藤さんだった。
「おはよう」
「…おはよう」
びっくりした私は、おはようを言うのに少し時間が掛かった。
「三上隊長だと思った? 残念、私でしたー!」
まるで、もっと驚けと言わんばかりみたいだった。
「ゆいちーは?」
「先に行ってもらった」
「聞かれると困るの?」
「うん、そうだから……」
そんな事を話しながら、私は家を出た。
「昨日の続きなんですけど、勉強してる間は別の部屋に移そうって。皆やパパとママの意見を取り入れて決めました」
「昨日の……ああ、勉強の」
忘れそうになっていたが、何とか思い出した。
「四宮様が先に帰っちゃったからどうしようかって悩んでましたよ」
「それで?」
「けど、霧崎さんの一声で決まったんです。いやぁ~、先輩の力って偉大ですねぇ~」
須藤さんが自慢げに言う。
本当は自分じゃ決められないから丸投げしたんだろうな、とも思えた。
「そうなんだ……」
適当に返事をする。
歩いている途中、話声が左横から聞こえてきた。もしや―――――
絶対にあの二人だと確信した私は、須藤さんを連れて壁と壁の隙間に隠れる。
途中でばったり会うのはよくある事だったが、今日はそんな気分じゃなかった。
何だか、おかしかった。
教室に入ると、まだ誰も居なかった。
時計を見る。時刻は八時丁度。いつもこんな時間に来ているため、誰も居ないのは当然だった。
「はぁ……」
私にしては珍しく、ため息をついた。
香耶が心配そうに私を見ていた。だから、不安にさせないように大丈夫と答えた。
席に座ると同時くらいに四宮さん達が入って来た。
「あ……」
目と目が合って戸惑ってしまい、上手く声をかけられなかった。
こっちから、と思っていたのに、何か変だ。いつもの私じゃないみたいだ。
そんな私に気付いた四宮さんは、何事も無かったかのように席に座る。
「……?」
おかしい。いつもなら、四宮さんの方から声をかけるか、私からかけるか、なのに。
今回に限って何故声をかけてくれないのか。気になった。けれど、話しかける事が出来なかった。
目を合わせただけでも、威圧感が感じられるからだ。
いつもの四宮さんじゃないと思ったが、放課後まで話さない事にした。
放課後、彩さんに呼ばれて向かった先は、美術教室だった。
色々な絵が飾られている。床について落ちなくなった絵の具、机に落書きされた跡、未だ使っている証が残る場所だ。
一足先についたのか、静かだった。
数秒後、ドアがギィと音を立てて開く。
「四宮さん……」
「……」
「その、こんにちは」
彩さんはぺこりとお辞儀をする。
私は何も言わずに、近くに置いてある椅子を指差す。
様子を伺いながら恐る恐るといった様子で、彩さんは座った。
「何、言いたい事って」
「……覚えてますか、中学生の頃」
「思い出したくない。記憶の奥にしまってあるよ」
「二年生の時、ですよね。大暴れしたのは」
「……」
「いずなちゃんを助けようとしていた。貴方の代わりにいじめを受けていたから。でも、普段の四宮さんじゃなくなって、クラスの皆を見境なく傷つけた。そうですよね?」
私が初めて出て来た時だ。その時の記憶は曖昧で、今では全く覚えていない。
「なんで知ってるんですか?」
少し強い口調で言う。
彩さんは少し考えた後、髪を掻き分けて首筋を見せた。
刃物か何かで切られたかのような跡があった。
「……こんなの見せても、思い出さないですよね」
「私?」
「止めに入ったんですよ。それでやられました。 ……貴方に。皆、軽傷で済んだから良かったんですよ。あのままだったらどうなっていたか……」
知らない話を聞かれても、反応なんて出来ない。どうしようもなくて、困っていた。
「あの後、厳重に注意されて事なきを得たんでしょうけど、苦しい思いをしている人は、他にもいると思いますよ」
「なんで? 今更そんな話する? もう忘れてもいいんじゃないかな?」
「いいえ、駄目です。貴方の事をどうにかしないといけないんです。 ……家族の為なんです」
家族。その言葉を聞くだけで、怒りが湧いてくる。
「誰かに吹き込まれた? 会長辺り?」
「ッ……!」
「図星なんだね」
「……ええ、指示されたんです。貴方を殺せって。卒業までに殺らないと、妹二人の命は無いよ、と」
そんなにしてまで私の事を消したいんだ。あいつは。
「いずなちゃんは死にました。殺されたんです。私はいずなちゃんが死ぬ間際に笑いました。でも、涙は出てきませんでした」
「何の話を――――」
言い終わらない内に、私は忍ばせてあった彫刻刀を机に刺した。
大きな音が部屋中にこだまする。
「殺してみなよ」
「そういう事……。最初から人格が変わっていたんですね」
「そう、正確には昨日から乗っ取ろうとしてた。でも上手くいかなくて時間かかったんだ。全部あいつが仕組んだ事なんでしょ。会長気取りのクソ野郎が」
「そうですよ、全部貴方を排除する為の舞台なんです」
「自分より上がいる事が許せないから?」
「……はい」
推測通りだった。それなら、やる事は一つだ。
私なんか守らなくてもいい。私が満たされたいだけだ。
「妹の所に帰りたい?」
「ええ、帰りたいですよ。さすがにもう出なきゃいけませんし」
先に帰ろうとする彩さんを引き留め、一緒に帰ろうと提案する。
怪訝そうな顔をしていたが、私がニコリと笑うと、信じてくれた。
ちょろいな……と思った。人なんて、こんなもんなんだな。
家までの道のりで、四宮さんとは一言も会話を交わさなかった。
もうすぐ着くという所で、四宮さんは不意に立ち止まった。
「どうしたんですか」
警戒して、強めに声をかける。
「玄関先だけど、寄ってく」
そう言うと、私の許可なく家のチャイムを鳴らした。
目と鼻の先に家があるものの、近づけない。何をしているのかわからず、ただ見る事しか出来ない。
しばらく見ていると、玄関が閉まり、四宮さんがこちらに戻って来た。
「何を話していたんですか?」
「お姉ちゃん借りるね、って」
それがどういう意図なのかわからぬ内に、四宮さんに腕を引っ張られる。
家とは逆の方向に進んでいる。でも、力が強く、振りほどけない。
そのまま四宮さんに連れて行かれた。
腕を引かれて連れて来られたのは、どこかの草原だった。近くには川もある。
「あの…何のつもりですか?」
「言い残すことは?」
「え―――――」
ぐちゃぐちゃと、嫌な音が響き渡る。
川で手を洗い、ついでに顔も洗う。持って来たタオルは……全部使ってしまった。
仕方ないので、濡れていない部分で顔を拭く。
「ふぅ……」
一息ついた後、どうしようか考える。これは後で処分しなきゃいけないけど……。
「……燃えるゴミでいいや」
私は立ち上がり、いつものバッグを持つ。
それと一緒に―――――
真っ赤に染まった袋も持った。
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