第18話 今と昔と
「珍しいお客さんね」
案の定、霧崎さんが出迎えてくれた。
だが、一度も来た事の無い須藤さんが来た事には驚いたようだった。
まだ状況が呑み込めていない須藤さんは、辺りをきょろきょろしていた。そんな須藤さんを椅子に座らせる。
「ね、ねえ、これ、どういう状況?」
「いいから話してごらん」
須藤さんにそう言って話すように促す。
霧崎さんは前に私と話したような恰好を取っていた。
「えっと……」
「不安がらないで」
「はい……」
霧崎さんの一言で安心したのか、須藤さんは悩みの原因について話し始めた。
「実は今、勉強の仕方について悩んでて……家にいると、捗る時は捗るんですけど、どうしても集中出来なくて……」
私が見ている限りは、須藤さんは頑張っている方だ。分からない所は聞いたり、教わったりしているのを見ている。
「原因は何かあるの? 携帯の見過ぎとか」
「ううん。それじゃあない」
私が原因になりそうな事を挙げるが、違うようだ。
「部屋が散らかってるの? 趣味の本とか、DVDがいっぱいあって遊んじゃう、とか」
「ううん。それでもない」
須藤さんはゆいちーの言った事も否定した。
「自分の事では無いとすると、家族の問題、とか」
霧崎さんがそう言う。
「いえ、それでもなくて……」
霧崎さんの言った事も否定した。
私達は考え込んでしまう。そうなると、原因はなんだ……?
「実は―――――」
そこまで言った所で、授業十分前を知らせるチャイムが鳴った。
また遅刻する。そう思った私は、ゆいちーと須藤さんの手を引いて、部屋から出て行った。
「遊びに来ましたー!」
放課後、部室に大きな声が響いた。
どうやら、今日の一番乗りは三上さんだったみたいだ。だが―――
「……?」
誰もいないようで、ちょっと不安げにしている姿がまた可愛い。
三上さんは、私達が先に来ている事を知らないみたいだ。
机の下やロッカーの中など、思い思いの場所に隠れて驚かしてやろう、と言って提案したのは、なんと須藤さんだった。
まず最初にゆいちーが仕掛ける。落ちていた空き缶を、三上さんの方に転がす。
「?」
不思議そうに空き缶を拾う三上さん。ゴミ箱を探しているようだ。
次に須藤さんが仕掛けた。ヘビのおもちゃをゴミ箱に向けて放り投げる。
ようやくゴミ箱を見つけた三上さんが、ゴミ箱を覗いた瞬間―――
突然叫んだかと思うと、腰を抜かして動けなくなってしまう。
その光景を部屋の外から見ていた私は、笑いを堪えるのに必死だった。
笑いを抑えながら部屋に入り、背中から声をかける。
「みーかみさん」
ついでに両手を両肩にポン、と乗せた。
「――――――――」
声にならない叫びを挙げたかと思うと、そのまま気絶してしまった。
「三上隊長ー、気を確かにー」
「……完全に気絶してるよ、貴奈」
「やりすぎたかな?」
「いいよ、暇つぶしになったから。 ……三上さんには悪いけど……」
倒れた三上さんを挟んで会話を続ける二人。
霧崎さんが来るまでの間と言っていたが、以外にもあっさり終わってしまった。
「ぷぷっ、ふ、ははっ、あは、はっ、くっ」
後ろを振り返ると、霧崎さんが笑いを必死に堪えていた。
「あのー、早く入ってくれませんか?」
「ごめん、なさい。ふふっ、つい」
まだおかしいのか、霧崎さんはお腹を押さえながら入って来た。
「早く運ぼうよ。起きちゃう」
三上さんの事などすっかり忘れていたが、ゆいちーにそう言われ、急いでソファの上に寝かせた。
「本題は、何?」
ようやく笑いが止まった霧崎さんは、須藤さんと向かい合う。
「実は、その、皆がそう思うほど深刻じゃなくて。家、元々猫飼ってて。最近はハムスターも飼い始めたんだ」
「それで?」
「じゃれあってる姿が可愛くて、手が止まっちゃうから……」
そんな理由だったのかと呆れてしまう。まあ確かに、動物は可愛い。
だが、私はそんな事に興味は無い。原因がそんな程度なら話さなくてもいいのに、と思っていたからだ。
「私、帰りますね」
「どうしたの?」
「うん、急用が出来たから」
そんな口実を付けて、私は学校を出た。
いつもなら少し寄り道をしていくのだが、今日は何だか憂鬱だった。
しのさんに服を返していない。ちょっと勉強しなきゃいけない。色々な事が積み重なって、変な気分になっている。
藤宮家に電話をし、服は洗って返すと伝えた。
着替えはしたが、ご飯は食べずにベットに飛び込む。最近は自分でもおかしいと感じる時が多くなっている。
少し経った頃、須藤さんから電話がかかって来た。
一瞬切ろうかとも考えたが、そのまま出る事にした。
「もしもし? 須藤さん?」
「あ、うん、私ですよ、四宮様」
「どうかした? こんな遅くに」
「遅く……と言っても、まだ九時ですよ」
「あ……うん」
時間の感覚もおかしい。何だか、頭もクラクラする。
「ごめん、手短にお願いできる? 気分悪くて」
「えっと……それなら明日話しますね。おやすみなさい」
須藤さんの方から電話を切ってくれた。
その後の事はあまり覚えていない。気が付くと、もう朝だった。
「ええ、はい。そうですか。それで、様子は…大丈夫そうなんですね」
電話越しに話を続ける。相手は、私にとって逆らえない人だ。
「わかりました。進級する前、ですね? はい、失礼します」
電話を切り、一息つく。
どうしても、やらなければいけないんだな。覚悟はしていたが……。
「二人には、悪い事してるって思われないかな……」
悩んでしまう。けれど、逆らったらどうなるかわからない。
「四宮さん、気づいちゃうかな……」
でも、迷っている暇なんて無かった。命がかかっているんだ。
「もう、終わりにしなきゃ……」
ただ、何も言わないのは気が引けた。
「……お姉ちゃん」
「どうしたの?」
「一緒がいい……」
「暑いよ?」
「やだ。一緒……」
「うん。じゃあ、一緒に寝ようか」
香耶の顔が少し綻ぶ。
この二人を残す事は出来ない。話せば、そう言って殺されてしまうだろう。
だからこそ、私は何も話せなかった。
香耶はもう寝息を立て始めていた。早弥は既に寝ていて、起きる気配は無かった。
ああ、またやられるのか……。
首筋の辺りに残る傷跡を触り、私も眠りについた。
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