第17話 これからとそれから

「おはよう、三上さん」

 教室に入ってすぐ、珍しく私から声をかけた。それに対して三上さんは、目を丸くして驚いていた。

「お、おはよう」

 いつも自分の方から声をかけに行くのに、先手を打たれてしまったと感じたのか、どこかぎこちない様子だった。

「昨日、寄ったんだよね? ナイトの家に」

「ナイト?」

「本人から了承は得てないから、まだ非公認の呼び方だけど」

「友達になってから呼ぶとかじゃないんだ」

「かっこいいなら非公認でも呼んでやる!」

 その自信は何処から来るのか知りたかった。

「おはよー」

「あ、セイレーンだ!」

 須藤さんが私達の元までやって来た。

 大きなあくびをしているようなので、心配して声をかける。

「大丈夫? 寝不足?」

「うん、そう……寝不足。昨日考え事してたら眠れなくなっちゃって……」

 そう言いながら目をゴシゴシと擦る。

「鱗が取れたの?」

「ゴミだから、気にしないで。三上隊長」

 本人はきっと冗談のつもりで言ったのだろうが、通じなかったようだ。

「おはようございます、三人共」

「おはよう、ゆいちー」

 ゆいちーもやって来た。

「四宮さん、顔色良くなりましたね」

「え、そうかな……」

 私の顔色が良くなっている事にゆいちーは気づいた。

「ホントだ、良くなってますよ」

 須藤さんはそう言って私の右頬をつついてきた。

 それに負けじと三上さんが左頬をつつく。

 出たり引っ込んだりしている私の顔を見て、ゆいちーが率直な感想を言った。

「四宮さんの頬、柔らかいですね」

 機嫌が良いから今日の所は触らせてあげようと思い、特に手も口も出さなかった。

 その代わり、明日は倍にして返してやろうとも思った。


 国語の授業中、ただ黒板をノートに写すだけの作業が暇になった私は、今朝、しのさんに言われた事を思い出すのだった。


「着る服はどうするんですか?」

「え、服って……」

 今朝、学校だというのに服の事なんか頭に無かった私は、驚いた。

「急に言われても……何も持ってませんし……」

「じゃあ、貸しましょうか?」

 突然の提案に飲んでいたお茶を吹き出しそうになり、むせた。

「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ! はあ、はあ……」

「すみません。今話す事ではありませんでしたね」

「いえ、大丈夫です……」

 ちょっと苦しいけど、息を整えながら言う。

「じゃあ、用意しますね。ゆっくり待ってて下さい」

 しのさんはそう言って席を立ち、終夜さんの部屋に向かった。


 ひらひらしたものが付いてるスカートを穿かせられ、リボンの付いた服を着させられる。

 しのさんはやり切ったぞ、という表情をしていた。

「お前それ、由香が可愛いって一目惚れして買った服だぞ。そんなの着て行くとか大丈夫―――――」

 話が終わらないうちに、終夜さんは、しのさんに組み倒された。

 関節技をかけられた終夜さんは、痛い痛いとのたうち回っていた。

 陸翔くんは止めようとして二人の周りをうろうろしていた。

 私は近くにある鏡を見た。左、右、と体を動かす。

「これ……いいかも」

 ファッションには気を使っているつもりだったが、意外と気づかない事もあるのだと思った。自分のスタイルが結構整っている、なんて。

 そしてそのまま、私達は学校に向かった。


 朝の事を思い出しながらも、ノートは最後まで書ききった。退屈な話を聞きながら、顔を須藤さんの方に向ける。

 須藤さんは今にも寝てしまいそうだった。本人は必死に我慢してるが、教室の中が暖かいせいか、眠りに落ち始めていた。

 もう夏の時期なんだろう。私の顔からは、汗が滲んでいた。


 昼休み、私は須藤さんに話しかけた。

「大丈夫? 眠そうだったよ」

「え、あ、み、見てたんですか。恥ずかしいなぁ……」

 須藤さんは本当に恥ずかしそうにしていた。

「悩み事あるなら後で話してみてよ。相談には乗るよ」

「あ、ありがとう。四宮様」

 須藤さんから向けられたのは、ぎこちない笑顔だった。

 腕組みして考える。どうしたものかと思っていると、ゆいちーがひょっこりと顔を出してきた。

「四宮さん。先輩がお呼びですよ」

 そう言ってドアを指差す。何だか嫌な予感がしたが、逆にチャンスだと感じた私は、須藤さんに言った。

「一緒に行こう?」

「え、どこにですか?」

「いいから」

 そう言って須藤さんを席から立たせた。せっかくだから、ゆいちーも誘った。

「ゆいちーも」

「はい、行きましょう」

 状況が呑み込めていない須藤さんを連れて、私達は読書部の部室に行くのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る