第16話 お話って

「何?」


 部屋から出た私は、不機嫌そうに言う。


「ちょっと確認したい事があるんだよ」

「何?」

「陸翔の事、妹だって言ってたよな。最初見たとき」

「うん」

「これをどうにかしたいんだよ。弟だと思われるようにしたいんだよなぁ」

「無理でしょ」


 即答する。


「はあっ! おま、そりゃあねえって!」

「何ですか騒々しい」


 騒ぎを聞きつけた篠ノ井さんが顔を覗かせてきた。


「なあ聞いてくれよ―――――」

「聞くまでもありません。行った行った」


 部屋から出た篠ノ井さんは、終夜さんを軽くあしらうと、そのままトイレに行った。


「はあ……。 わりぃな、由香はいつもあんな調子なんだ。しかも俺だけに対して」

「ふぅん……」

「興味なさそうだな……」


 そんな私を見て少し思案した終夜さんは、何かを思い出したようで―――――


「ちょっと来いよ」


 そう言って私の腕を掴んでグイっと引っ張る。


「うえっ、ちょ、ナンパ、えっ、え―――――」


 本当に突然すぎて理解が追い付かなかった。そんな私を、終夜さんは自分の部屋に連れ込んだ。


「ひどい、女の子を無理やりなんて」

「いや、ただ誘っても来てくれねぇだろ? だから仕方なかったんだよ」


 そう言いながらクローゼットを漁っていた終夜さんは、何かを見つけると、私の方に振り向いた。


「パジャマだ。出しておくから、後で由香に見てもらえ」


 そっぽを向いた終夜さんから手渡されたのは、如何にも女の子という感じのパジャマだった。


「きも……」


 反射的に小さく声を出してしまう。

 でも、聞こえていなかった様なので安心した。


「男の子が女の子のパジャマ持ってるってバレたらどうなるのかな? 篠ノ井さんに見つかったら、ただじゃ済まないと思うけど」


「家の構造上の問題だ」

「家の……?」

「ああ、とにかく全体的に広いだろ? 由香の部屋のスペースは、この部屋の三分の一程度しか無いんだよ」

「ほんとに!」

「まあまあまあまあ、そう大きな声を出すな」


 私の驚きに、すごいだろ、という雰囲気を醸し出しながら話を進めようとしたが


「お兄ちゃん……」

「! どうした、陸翔」


 急に入って来た陸翔くんに驚きながらも、優しい声で何かあったかどうか聞いた。

 すると―――


「終夜、手伝え」


 カンカンに怒った篠ノ井さんが終夜さんの首根っこを掴んだかと思うと、リビングまで連れて行かれた。

 置いてきぼりにされたような感じの私と、心配そうに終夜さんを見ている陸翔くんが部屋に残る。


「……」

「……」


 無言の時間が続く。

 お互いタイミングを見計らってはいるものの、言葉が出てこない。まるで、喧嘩する前のにらみ合いのような、そんな感じがする。


「……」

「……あの」


 最初に口を開いたのは陸翔くんだ。


「僕、男の子っぽくなりたくて……」


 それだけ言うと、もじもじしてしまう。顔も真っ赤だ。


「恥ずかしいの?」

「(こくっ)」


 小さく頷く。


「あのさ、やっぱり、陸翔くんは―――――――――――」

「おーい、ご飯だぞー」


 隣の部屋から終夜さんの声が聞こえる。


「で、出来れば、言わないでもらえると……助かります」

「う、うん、わかった。言わない……」


 私も顔を赤らめてしまう。

 お互い顔を合わせられないまま、私達はリビングへ向かった。


「美味しそう……!」


 出された料理はどれも本格的だった。

 鮭のムニエルに甘く煮たカボチャ、スパゲッティサラダとほうれん草のお浸し。

 時間としては、一時間をちょっと過ぎた程度だった。それで四品も作れるなんて。

 改めて、篠ノ井さんのすごさが分かった気がした。


「いただきますをしてから食べて下さいね」


 そんな事は当然だと思っていたが、終夜さんは箸を持って食べようとしていた。


「いただきますは?」

「……」

「いただきますは?」

「……いただきます」


 その時の篠ノ井さんの笑顔は怖かった。

 篠ノ井さんに頭が上がらないのは、きっと毎日こんな事をしているからなんだろう。私は、終夜さんを気の毒に思った。


「気の毒に思う必要はないですよ」


 まるで心を読んだかのように篠ノ井さんはそう言った。


「……参りました」

「?」


 頭が上がらない。そう思ったので、今思った事を口にした。

 篠ノ井さんは、きょとんとしていた。


 お風呂に入った後、篠ノ井さんは私を部屋に誘った。

 相部屋の約束を忘れかけていた事を思い出す。でも、当の本人はそんな事を気にしていなかった。


「終夜の部屋にクローゼットがありましたよね? あの中に私達全員分の洋服が入っています。 ……終夜に着るもの一式を渡すのは嫌ですが」


 すごい形相で終夜さんを睨みながら服を渡す篠ノ井さんを想像する。

 終夜さん、タジタジなんだろうなぁ……。


「ベットの用意が出来ましたよ。入りましょう」


 気が付くと、既にベットの用意を終えていた篠ノ井さんが呼んでいた。

 ベットに腰掛け、ベットをポンポンと叩いていた。

 急かしているのか、はたまた、誘っているのか。すぐにでも行かないと何を言われるか分からない。

 そう思った私は、ベットに潜り込んだ。


「ねえ、篠ノ井さん」

「……長い」

「へっ?」

「しーさんか、しのさんと呼んでください」

「あ……はい」


 心なしか、篠ノ井さんの頬が緩んだように感じた。背中越しだったが、何となくそう思った。


「じゃあ……しのさんで」 


 そう言うと、私の指先をギュッと握って来た。了承してくれたんだと思った。


「おやすみなさい。一日ありがとうございました」

「こちらこそ。今度来た時はゆっくりしていって下さいね」

 背中越しに感謝の言葉を述べる。


 日々の疲れなんて忘れる位の幸福感に包まれた私は、久しぶりに朝までぐっすり眠れたのだった。


 

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