第15話 裏には何かありそうで


 私が是非と言ったあの後、一日だけ藤宮家に泊まって欲しい、なんてお願いされたら行くしかないだろう。土下座までした終夜さんに失礼だと思ったからだ。

 校門を出ると、黒塗りの普通車が一台止まっていた。運転席からこちらに向けて、小さく手を振っている人が見えた。

 自動車に向かいながら話す。


「俺、こう見えて金持ちなんだ」

「(こくこく)」

「ところで、名前何て言うんだ?」

「四宮舞です」

「四宮舞、ね。舞でいいか?」


 あの時の経験から、名前で呼ばれるのはイヤだった。気が動転するからだ。

 だから、終夜さんの目をじっと見つめる。


「……」

「な、なんだよ。見んなよ……照れるって」


 恥ずかしがりながらも、終夜さんは私の目を見続けていた。

 だから、信じる事にしてみた。


「いいよ。舞で」

「いいのか? 嫌じゃないか?」

「大丈夫。それでいい」


 そう言っている内に車の前まで来てしまう。


「頼んだぜ、運転手さん」

「はい、わかりました」


 車に乗った私達は学校を後にし、終夜さんの家まで帰った。


「すごい……」


 私はそんな声しか出なかった。

 お金持ちというのだから豪邸を想像していたが、ちょっと豪華な普通の一軒家だった。


「節約家なんだ、俺」

「お金持ちなのに?」


 二階建ての家を見上げながら言う。


「いいだろ、別に。全員が全員想像通りじゃねぇんだから。な、陸翔」

「(こくこく)」


 頷く陸翔くん。


「まあ、入れよ。ここに居たって何かあるわけじゃねぇから」


 終夜さんに言われ、私は藤宮家の門を通るのだった。


「ただいまー」

「ただいま……」

「たっ……お邪魔しまーす」

「舞、ただいまくらい言えよ」

「いや、他人だもん。お邪魔してるし」

「いいんだよ、ほら言えって」

「……ただいま」

「よし、これでお前も家族の一員だな!」

「家族になった覚えは無いんだけど」

「いいんだよ、細かい事気にしてたら生きていけねぇからな」

「生き死にの問題じゃないと思うよ」


 終夜さんの言う事に答えていく。

 ただ、ただいまを言いそうになったのが悔しい。やっぱり、心のどこかでは家族を求めているのだと痛感する。

 私達の声に気づいたのか、リビングの扉が開いて、さっきの運転手さんが部屋から出てきた。


「お帰りなさい終夜、りっくん。そちらの方は……?」

「四宮舞です。どうしても家に泊まって欲しいと言われたので、お邪魔してます」

「そうですか。終夜の友達になったばかりなのに、こんな事に……。 先が思いやられますよ」


 その人は、やれやれという感じを前面に出しながらそう言った。


「とりあえず案内してやってくれ。玄関先でずっと喋ってるのもおかしいからな」

「承知いたしました。どうぞ」

「はい……」


 促されるままに靴を脱ぎ、出されたスリッパを履き、洗面所で手洗いとうがいを済ませ、リビングへ向かった。




「舞さんは、私との相部屋でもよろしいですか?」

「え、あ、大丈夫です。それでお願いします」


 ふかふかのソファに座った途端いきなり言われたので、勢い任せにそう答えてしまう。


「ありがとうございます。相部屋、憧れてました」

「そうなんですね……」


 少しの沈黙が続く。

 ふと階段を見ると、終夜さんと陸翔くんが下りてくるのがわかった。

 二人が私の向かいに座ると同時に、冷たいお茶が置かれた。

 手際の良さに感服する。何一つ手間取っていないのが見てわかる。

 その人も自分と私の分のお茶を持って隣に座った。


「そういえば、まだ名前を言っていませんでしたね。私は篠ノ井由香しののいゆかと申します。藤宮家のメイドをしております。どうぞ宜しくお願い致します」


 とても丁寧に名乗ってくれたその人は、言い終わると、座ったまま私にお辞儀をしてきた。


「あ、よろしくお願いします……」

「良く出来るメイドさんだからな。なんでもしてくれるぜ」


 終夜さんの太鼓判付きなら大丈夫だろう。まあ、会ったばかりの人を易々と信じていいのかは別としてだが。


「この家は、ただお客様をお迎えするだけの一階と、生活スペースの二階に分かれています。普通の住宅からすれば逆転しているのが当たり前でしょうけど」


 篠ノ井さんはそう話すが、私は別にそこまでの違和感は感じなかった。


「じゃあ、二階だな。そこで夕飯にしようぜ」


 終夜さんの提案に賛成し、私達は二階へと上がっていった。


「ここです」

「わあ……」


 部屋の広さは、さっきのリビングにも負けないくらいの広さだった。


「では、ここに集合して夕飯にしましょう。特に用事の無い方は手伝って頂けると助かります」


 篠ノ井さんは話しながらエプロンを着た。

 そのエプロンは動物や花柄がデザインされた可愛らしいのだったが、本人は特に気にすることも無かった。


「じゃあ、手伝います」


 そう言って私も手伝おうとしたが、客人なので手伝わせる訳にはいかない、という理由で却下された。


「りっくん、手伝ってくれる?」

「(こくこく)」

「相変わらず俺に頼らないのな」

「終夜には無理よ」


 篠ノ井さんは終夜さんの背中をぐいぐいと押して、無理やり部屋から追い出した。


「舞さんは座って待ってて下さい。テレビ、見てても良いですよ」

「はい、ありがとうございます」


 許可を貰ってテレビをつける。この時間はニュースが多い。だから、改めて部屋をぐるりと見渡す。


「おーい、舞、ちょっとこっち来いよー」


 ドアの方から終夜さんの声が聞こえる。

 一瞬どうしようか悩んだが、私はその呼びかけに応じ、この部屋を出て行った。

 

 

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