第9話 光目指して

 私は、暫く固まってしまっていた。

 色々な感情が、頭の中を渦巻いている。


「ぁ―――――――――――――――」


 私が出したは、声だったのだろうか。

 無意識に、全ての事を終わらせていた。

 警察への連絡を済ませ、お母さんに事情を説明した。全てと言っても、二つしか無かった訳だが。


「なんで……。 あなた、どうして……」


 お母さんが泣いている。お父さんに言われた事を思い出す。


『人の気持ちが分かる人間になれ』


「……わからないよ、お父さん」


 私の目からは、








 葬儀はひっそりと行われた。

 こんな事になっても、学校には行かなきゃならない。

 テレビを見る。


「つい先日、警察官の一人が自殺しました。国民を守る立場にあるはずの警察官が、なぜ自殺などという選択肢を選んでしまったのか、私はとても気になりますね」


 顔では可哀そうという雰囲気を醸し出しているが、言葉でバレバレだ。

 興奮しているのが分かる。ニュースのネタ程度にしか思ってないのだろう。

 最近、お母さんがやつれてきているのが目に見える。警察の中でもエリートだったのだ。そのエリートが自殺なんてとんでもない話なんだろう。

 そんなお母さんに声をかける訳にもいかず、行ってきますも言わず玄関を出た。




















「四宮さんのお母様ですよね? お父様が自殺なされたそうですが、心境をお聞かせください」

「警察官として国民を守る立場にあったんですよね? 自分が担当した事件で死傷者を出してしまったので、その責任を取っての自殺という考えで宜しいでしょうか?」

「娘さんがいるんですよね? 出来ればその娘さんにも会わせてもらえませんか? 第一発見者として生の声を聞かせて欲しいのですが……」


 週刊誌の記者達が家の前に集まっている。

 お母さんは、すみません、ごめんなさい、とずっと謝っていた。

 私は二階でずっと縮こまっていた。もう、あの声を聞くのが辛い。

 SNSでは意見が割れ、擁護派と否定派に分かれていた。


【警官が自殺ってマジ?】

【娘がいるらしいぞ】

【可哀そうだな……(小並感)】

【興味なくて草】

【バーカ、そこはwwwだろks】

【エリートだからって、調子乗ってたからこうなった】

【我慢くらい出来なかったのか】

【家凸ろうぜ】

【やめとけ、不謹慎だろ】

【マスコミも人の心考えろ】

【どうせネタにして楽しんでるだけ】

【警官の恥】

【日本\(^o^)/オワタ】


 もう、嫌だった。こんな生活に慣れてしまった自分が。

 人の事なんて、信じられなくなっていった。
















 二年生になった。このくらいの時期なら反抗期がやって来るんだろう。

 でも、お母さんは話を聞いてすらくれなくなった。話しかけようとしても、血走った目を見るたび、辛い気分になってしまう。

 最近なんて、話しかけようもんなら、うるさいの一言で話を終わらせてしまう。


「あんたのせいなんだ。あんたの……」


 お母さんは、寝言でも、起きていても、繰り返しその言葉を言っていた。

 いずなちゃんにも、心配をかけていた。

 私は、三年生になった。
















 三年生になって、ちょっと経った頃だ。一人の男子が私に興味を持ったと言って、話しかけてきた。


「僕は矢野修弥。君は?」

「四宮舞です」

「そうなんだ。よろしくね、四宮さん」


 屈託の無い笑顔を向けられる。

 それが、始まりになるなんて。あの時の私は、微塵も思っていなかった。


 大きい音を立てて、机や椅子が倒れる。

 なんでこんな事に……。

 私は暴力を受けていた。きっと、お父さんの事を言ったからだろう。

 罵倒を、ただ聞いてる事しか出来ない。やり返さなかった。


「……」

「どうしたんだよ、やり返さねぇのかよぉ~」


 けらけらと笑われる。

 これが、私に抱いている人の気持ちなんだろう。

 いわゆる『いじめ』というやつだった。でも、いずなちゃんはそんな私の事を嫌わずに守ってくれると思っていた。

 だから、全部話した。そしたら―――――――――――


「……私が、どうにかする」


 そう言ってくれた。心強かった。

 だから今度は、いずなちゃんがいじめの標的になった。







 そんな事もあったが、無事卒業式を迎えられた。一緒にいる人と卒業出来るのは嬉しかった。

 ようやくこんな奴らとおさらば出来る。そう思っていた矢先だった。


「舞ちゃん、話があるんだ」


 そう言われ、無理やり屋上に連れて行かれる。


「いずなちゃん、どうしたの?痛いってば……」

「いいから」


 屋上のドアを開ける。誰も居ない。


「……どうしたの?」


 恐る恐る聞く。


「卒業、おめでとう。舞ちゃん」

「え、あ、うん。ありがとう」

「修弥くんから聞いたの。ねぇ、舞ちゃん。あの話、本当なの?」

「え……、あの話って……」


 何を言ってるんだろう。そんな事、私は一度も―――――――――


「修弥くんに脅迫された。舞ちゃんの事をどうにかしないといけないって。あいつは臆病者だから、簡単な凶器で脅せばいいって」

「え、え?」


 理解が追い付かない。一体何がどうなっているんだ。


「ごめんね、舞ちゃん。 ……お金、くれるんだって。殺したら。 ……だから、ごめんね、ごめんね……!」


 そう言いながら、カッターを振り下ろしてきた。

 避ける。避ける。止めないといけなかった。


「……!」


 一瞬の隙をついてカッターを奪い取る。でも、いずなちゃんはこっちに向かってきた。

 怖くなった。だから私は、その状態のまま手を前に突き出してしまい――――――


「っ……」


 恐る恐る目を開ける。

 いずなちゃんの首元に、カッターが刺さっていた。


 ばたりと倒れる音がする。

 カッターを見る。でも、血は付いていなかった。

 驚く私の目の前に現れたのは、あの時の男子だ。


「ごめん、ごめん。嘘ついちゃって。君達の友情を試したくてつい」

「……いずなちゃんは?」

「安心して。気絶させた。もう少し遅かったら、君はになってたね、四宮さん?」


 一気に体から力が抜ける。へたり込んだ私が握っていたカッターは、矢野さんが回収してくれた。


「もう、こんな真似、二度としないで」


 強い口調で矢野さんに言う。


「僕はね、悪い事したなって思っても、

「っ……!」


 さらに怒りがこみ上げる。


「もう今日は帰ったらどうかな? 明日から休みなんだろう? 中学での最後の休み、楽しんでおいた方がいいと思うよ」

「いずなちゃんに、手は出さないで」

「もちろん、大丈夫だよ。さあ、もうお開きにしようか」


 そこまで言われたら仕方がない。最後の最後まで後ろを振り返りながら、私は屋上を後にした。


「……ふふっ。


 笑う。最初見た時から、どこか気に入らなかった。僕より上がいる事が、許せなかった。だから―――――――


「四宮さん、早く


 あの事件を利用して、全部壊してやる。













「ただいまー。お母さん?」


 呼んでみる。返事が無い。多分、疲れてるんだろう。

 自分の着替えやらを済ませ、せめて毛布でも掛けてあげようと思い、お母さんの部屋に行く。


「おかあ――――――――――」


 まず最初に目に入ったのは、血だまり。少しづつ、視線をずらしていく。包丁、壁に飛んだ血しぶき、そして、遺書、と表紙に書かれた紙。


































「お母さんっ!!!!!!!」


 大声をあげて部屋に入る。

 もう、遅かった。

 お母さんは、

 倒れているお母さんの隣には、小さい頃に撮った写真があった。でも、その写真に写っている私は、血だまりに沈んでいた。






































「……」


 一人ぼっちになってしまった。ただ、お金だけは沢山あった。

 新しく出来た私立の高校があるみたいだから、そこに行く事を決めた。


「いずなちゃん、元気かな……」


 ろくな挨拶も出来ずに別れてしまった。


「そうだ」


 思い立った私は、いずなちゃんの家に行く事を決めた。


 玄関のチャイムを鳴らしてみる。


「……」


 返事が無い。なので、もう一回鳴らしてみる。


「……いないのかな」


 仕方ない。私は、昔よく遊んだ公園で待つことにした。

 ベンチに座って、一時間、二時間と、時間が過ぎてゆく。

 これ以上はもう意味ないと思い、誰も居ない家に帰る事にした。


 角を曲がってすぐ、人が倒れているのが見えた。

 遠くでよく見えなかったので、近づいて確認する。


「あの、大丈夫、ですか?」

「……まい、ちゃん?」

「いずなちゃん!どうしたの、こんなところで―――――――」


 言葉が詰まる。

 いずなちゃんは―――――――――













































       

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