第3話 雨の中で

「これで良しっと」


 入学式から数日、私は登校の準備をしていた。今日から本格的な授業が始まるのだ。


「三上さん、元気かな……」


 初めて会った時の感想は、陽キャのような陰キャだと思った。中間地点にいるようで、いつもは隅っこにいるような感じなのに、友達になればグイグイ寄って来る。

 ピンポーンとチャイムが鳴る音が聞こえる。

「はーい、どちら―――」


 ガチャリ、と玄関のドアが開いた。向こうから勝手に開けたという事は……。


「おはよう、デス・カーニバル! きょ、今日も一緒がい、いいなぁと……思って」


 俯いて、もじもじしながら確認を取って来る。ちょっとからかおうかな。


「やだ」

「即答! そりゃあないって、四宮さ~ん!」


 そんな彼女を横目に家を出ていく。前までは一人だったが、家が近所という事もあって、一緒に通う事にしたのだ。


「聞いて! 私ね、何かのチャンピオンになろうかなって思ってるんだけどね……」


 うん、うんと、心の中で話を聞く。


「うんとね、それで……聞いてる?」


 すごい困った顔だ。だから、私はわざと、聞いてないと言った。


「い~~~~じ~~~~~わ~~~~~~~る~~~~~~~~!」


 人をからかうのは嫌いじゃない。ちょっとした悪い癖だった。


「お弁当、一緒に、た、た、食べっ」

「ん、いいよ」

「よっしゃあ!」


 二つ返事をする。お弁当を広げようと思った矢先、ふと、閃いた。


「ねえ、屋上は開いてないの?」

「……そんなのはゲームかアニメでしか起こらんよ、四宮」


 ジト目で言われる。


「……?」

「開いてない、だからここで食べるしかない。……ねぇ、恥ずかしいからどっか別の場所でってのは……無理そうですねすいません!」


 拒否の表情ですぐに悟ってくれた。空気を読めるのはありがたい。


「だし巻き卵と唐揚げ、下にはレタスのみ。そっちは?」

「暗黒に包まれし、白き飯!」

「おにぎり」

「正解だ。 ……やるなぁ!」

「はいはい、おかず忘れたんでしょ。唐揚げ一個あげるからそれで我慢して」

「ちぇ、ドケチ」


 毎回、お弁当の中身を見せ合っている。好きなのがあれば交換するし、嫌いなのがあればそれも交換する。唐揚げを三上さんの口にダイレクトに入れる。もごもご言ってる三上さんを横目に窓を眺める。雨が降っていた。


「今日は退屈だな……」


 優等生として振舞っていこうか疑問になる。それくらい、今日は退屈な一日になりそうだ。


 いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、しーち、はーち。

 六時間目、今日はバスケだ。準備運動を終えた私達は、自由にチームを組む事となった。


「チt」

「いいよ」

「うっしゃあ!」


 三上さんが何を言うかは分かってる。


「でも、後二人……」

「あ、あのぅ……」


 困っている私にオドオドした子が話しかけてきた。


「い、いいですか……チームに入れてもらっても」

「お願いしやす!」


 後ろから出てきた子は、そう言って深々と頭を下げている。


「うえぇ……?」


 こういうのは……断っちゃ、駄目だよね。周りを確認しながら考えていると


「いいぞ、入るがよい歌声ハーモニー半魚人セイレーン!」

「「ありがとうございます!!」」


 そう言って、勝手に三上さんが決めてしまった。


「あっ、ちょっとまた勝手に……」

「いいじゃん、入れてあげよう?」

「……分かった」


 本当は男子と組みたかったけど……まあ、いいや。三上さんが決めたんならと思い、私は渋々了承した。


「えっと、名前は……」

敷島唯しきしまゆいです。お願いします」

須藤貴奈すどうたかなです。よろしくです!」

「えっとね、唯ちゃんがハーモニーで、貴奈ちゃんがセイレーンだよ!」


 二人の自己紹介の後、三上さんが要らぬ知識を私に教えてくれた。三上さん曰く、二人は幼なじみだそう。性格は正反対だけど仲良しなんだ、とも教えてくれた。


「二人とも、積もる話はまた後で!一勝でも出来るように頑張ろうー!」

「「おー!」」

 私は眺めに徹していると、無理やり腕を掴まれて―――


「え、ちょ、ちょっと」

「おー、ってやらないと!おーって!」

「分かったから、分かったってば、痛いから離してよぉーーー」

「おーって、やれーーーー!」

 これは、ちょっと心配だった。こんなチームで勝てるのだろうか……。










 結果、四試合中四敗。散々な結果だった。私からすれば、おかしいとしか言いようが無かった。だが、そんな私の気持ちを察してか、三上さんが話しかけてくれた。


「女子チームでしたね!」

「うん……」

「負けちゃってね、落ち込むのは分かるけど、ゲームだから。いい?ゲームだから」

「うん……」

「私も、負ける気しかしないぜこりゃあ! って思いながら戦ったよ。強いね、どこも。強い強い」

「……」


 無反応な私を見てか、水の入ったペットボトルを横に置いてくれた。そっとしといてあげようと思ったのか、無言で須藤さんの所に駆け寄って行った。


「三上隊長、本日の反省点はどこでしょう?」

「セイレーンよ、おぬしはよくやってくれた。だが、問題はパスだ。我々のチームはパスが―――」


 まるで長老のような話し方をしていた。


「貴奈、なついちゃってますね。三上さんの事、気に入ったんですかね?」


 敷島さんが話しかけてくる。


「うん……、そうみたいだね」

「四宮さん、顔、向けて下さい」


 言われた通りに顔を向ける。


「えいっ」


 こつん、とおでこをくっつけられた。


「敷島さん、近いってば……!」

「いつも、見てるんですよ~。今日は雰囲気が違ったので、確認をと思いまして」


 数秒後、おでこにはじんわりとした温かさが残っていた。


「……ありがとう、敷島さん。大丈夫になった、かも……」


 おでこを手で触りながらお礼を言う。


「いいえ、お近づきの印です」


 そう言って、敷島さんはニコッと笑った。


「四宮様ぁーーー、本日の反省点はいかがでしょうかぁーーーーー。ゆいちーも教えてぇーーーー」


 手を振りながら須藤さんがこっちに向かって歩いてきた。


「ゆいちー?」


 その言葉に、敷島さんがビクッとした。


「……私の事です。 ……恥ずかしいのに」


 少しムッとした顔だった。そんな彼女に、お返しとしてある提案をした。


「私も、その、ゆいちーって呼んでいいかな……?」

「え……」

「さっきのお返し」


 そう言うと、敷島さんの、ううん、ゆいちーの顔が綻んだように思えて―――


「ん……、いい、です……」


 恥ずかしがりながらも、私に笑いかけてくれた。その笑顔は、可愛かった。


 そんなやり取りを須藤さんは歩きながらずっと見ていたらしく、ゆいちーに向けてこう言い放った。


「ゆいちー!イチャイチャすんなぁーーー!」


 ゆいちー、須藤さん。友達が二人増えて、三人になった。これからは、もっと楽しくなりそうだ。


















 



















 でも、なんだろう、この違和感は。まだ、心の穴が開いているような気がして、なんか――――――



















































































                満たされない


 

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