第3話 胸の夢

 家に誰もいない日、初めてブラを付けてみた。通販で買ったお値段少し高めのもの。男の胸にそれはブカブカ過ぎて、ちょっと笑ってしまった。もう少しなんとかしようと、パッドを入れる。ジェル入りはぐにゃっとしていて入れにくい。どうにかこうにか詰め込むと、それっぽい胸ができた。


 触ってみる。思ったより少し硬い。不思議だったが、興奮したりいやらしい感じはしない。本来あるべきものがある、という感じだ。なんだか安らぐ。どうしてなんだろう、と胸を少し揉んだり、鏡で見つめる。わからないけれど、なぜだか安心する。


 「おっぱいなんて脂肪の塊」と女の人に言われた。でも僕はそんなものが欲しくてたまらなかった。女の人のわかりすい記号。最初はそう思っていたけれど、実際につけてみると考えが変わった。自分にとってそれはもう外すことのできない必要不可欠なものになっていた。


 Tシャツを着る。胸の形がはっきりわかる。前からちょっとずつバレないように伸ばしていた髪と相まって、そこには僕だけど僕の中にあった女の子が出現していた。


 まあ、そこそこかわいいじゃないか。うん。キモいかな。キモいと普通の人は思うはず。でも僕にはこっちのほうが普通に思う。


 同級生がふざけて僕のシャツに腕を突っ込んできたことがあった。「おっぱいないじゃん」と言われて「それはヤバいよ」と言い返すしかできなかった。あのときはすごく悔しかった。じわじわ心をむしばみ、何度か泣いた。あのときからなぜ僕には胸がないんだろう、と悩み始めた。低めの伸長、女顔、サラサラな髪、華奢な体、そこまでするのならいっそのこと女として生まれたかった。でも現実には僕は男として生まれ、男としての生活を余儀なくされている。


 悔しいな…。つらいな…。


 Tシャツ越しに胸を握りしめる。


 だんだんと気持ちが落ち着いてくる。


 もうこのままでいたい。


 外に出たらどうなるんだろう。学校に行ったら大騒ぎになるかな? なるだろうな。先生に怒られるだろうな。僕の変態度が増したとからかわれるだろうな。でも、それでも…。本当の自分を見てほしい。これが僕なんだと叫びたい。そんな気持ちが心に止めどもなくあふれていく。


 …まあ、むずかしいけどね。


 名残惜しそうにブラを外す。丁寧にたたんで、自分の気持ちと一緒に押し入れの奥にしまい込んだ。

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