第14話

 まだ十時だというのに太陽光がまぶしい。

 ベンチに腰を下ろし一息つく俺と杏音を他所に、小倉と芽杏は大きなバッグをごそごそと漁る。

 出てきたのは二つのボール。


「ドッジボールとサッカーボール?」

「せっかく来たんだから遊びたいじゃん!」

「えぇ……」


 そういうのはいらないです。

 ほら、横にいる自分の姉を見てみろ。

 この世の終わりみたいにドン引きした目で見られてるぞ。


「どっちからやる?」

「やるのは強制なんだな」

「勿論じゃん!」

「そう言えば小倉は足首捻挫してるんじゃ?」

「ん? 遊ぶくらい平気だぞ。部活はキツいし、一昨日はちょっとまぁアレだったから休んだけどさ」


 逃げ道を開拓しようとしたが無理でした。


 前の広場でボールを蹴り合うカップルを見ながら、俺は渋々重い腰を上げる。

 公園でサッカーなんていつぶりだろうか。

 小学校の頃に姉と妹、父親と遊んだのが最後かもしれない。

 あの頃は姉にいじめられていた記憶しかないが。

 まだ俺の方が身長の低かった古の記憶だ。


 と、隣では正面のベンチでは俺同様に面倒くさそうな顔の杏音。

 本当に何しに来たんだって感じである。

 おもむろにコートを脱ぐ彼女。


「じろじろ見てどうしたの?」

「いや、なかなかエロいなって」

「ふぅん。私の事そんな目で見るんだ?」

「見た目だけは可愛いですから」


 なかなかタイトなニット生地の服を着ていた。

 体のラインがリアルで、制服とは違った良さがある。


「あれだけ巨乳がどうとか言ってたくせに」

「そりゃそうですよ。でもボディラインがしっかりわかる服着ると、杏音のも意外と魅力的に見えてきたり」

「童貞あるあるね」


 やはり貧乳ではないな。

 カップ数なんて当てにならないため微妙だが、BからCの間、Dと言われても納得するかもしれない。

 アニメなどの二次元キャラのカップ数はおかしいのだ。

 あんなのは幻想にすぎない。

 いや、それでもDは言い過ぎか。


「何、値踏みするような目で見て」

「値踏みじゃなくてカップ数を考察していただけですね」

「考察の結果は?」

「Dと言われてもぎりぎり納得ってとこですかね」


 あえて一番上の評価を口にする。

 すると杏音は鼻で笑った。


「まぁ、それでいい」

「なるほどD未満ですね」

「殺すよ」

「ごめんなちゃい」


 やはり調子に乗り過ぎはだめなようだ。


 そんな会話をしながら俺達も芝生を踏みしめる。

 隣では既にキャッキャウフフ状態。

 今は小倉の華麗なドリブルから芽杏がボールを取ろうと頑張っている。

 距離感は非常に近く、既に芽杏はほぼ抱き着いているも同義な感じ。

 うっ。


「悠も混ざって来れば?」

「意地悪言わないでください」

「じゃあ私に抱き着く?」

「無茶言わないでください」


 どうせ頷いたり抱き着いたりしたら、やり返してきたり酷い仕打ちをするはずなのによく言う。

 まぁ俺が何もする気がないと思われているから、そんな事を言ってくるのだろうが。


 あれ、何かイラついてきたぞ。

 手のひらで転がされてる感がむかつく。


「え、やる気?」

「まさか」


 五秒ほど見つめると杏音が狼狽えた声を出した。

 よし、俺の勝ち。


 満足したので置いてあったドッジボールを手に取る。

 ドッジは学校でもする機会がないからな。

 男女の運動期間の能力差が如実に表れた現在、不可能な競技ではあると思うし。

 中学高校はそもそも女子と運動する機会なんてないのだが。

 リア充なら一緒に運動(笑)できるかもしれないが、俺はそうではない。


「いきますよ~」


 ある程度離れた位置にいる杏音に向けてボールを投げる。

 全力投球はしない。

 男女平等主義者と言えど、流石に体格差があるため気は遣った。


「おっそ」

「はぁ?」


 難なくキャッチした杏音は挑発してくる。


「その程度? 男子高生のくせに」

「手加減してあげたんですよ」

「いらない。本気で来て。私はハイスぺ孤高魔女よ?」

「どうなっても知らないですよ」


 意外と鋭い弾道でリターンされたボールをキャッチし、俺は踏み込んで投げる。

 もはやただの競技として、アウトを取ってやろうと思って投げた。

 しかし。


「ほら、大したことない」

「うそ、だろ……?」


 目の前には顔色変えずにキャッチする女。

 ドッジ特有の胸に抱え込むようなキャッチではなく、まるでバスケのチェストパスでも受け取るかのような構え。

 俺の球はそんなに遅かったのか?

 せめてバスケのパスでも、イグナイトパスならよかったのに。


「お返し」

「ほげぇ」


 そして返って来た球は俺のそれを遥かに凌駕していた。

 キャッチし損ね、胸と腕に弾かれたボールが鼻先を突き上げる。

 また一つ不細工になりました。


 涙で滲む世界の中、杏音の高笑いだけが聞こえる。


「私にドッジで勝とうなんて十年早いわ」

「友達いないくせに、どこでこんな技術……」

「昔はいた。小学校の頃にドッジ部の友達がいてね、教えてもらったの」

「くっそぅ」


 ぼっちキャラの癖に意味わからん設定だな。

 そんな過去、ラブコメのヒロインなら邪魔過ぎる。

 だが目の前にいるのは架空のキャラではなく、実際に動く面倒な拗らせ女子高生。

 ヒロインだなんてとんでもない。

 そもそも恋愛恐怖症患者なんて誰のヒロインにもなれないのだ。

 当然俺もな。


 なんて遊んでいると芽杏たちが寄ってきた。

 ちなみに小倉はボールキープをできずに芽杏にとられたらしい。

 余程の可愛さに耐えられずガードが緩んだって顔だな。

 炙りたい。


「楽しそうなことやってんじゃん。俺らも混ぜてよ」

「とか言ってますけど?」

「わからせるしかない。サッカー部だか何だか知らないけど、覚悟は良いの?」

「は、はい」


 謎テンションの杏音に気圧される小倉。

 普通の奴はそうなるよな。

 というわけで、俺と杏音チーム対小倉と芽杏チームに分かれてやることになった。

 四人で外野と内野をわけてもしょうもないため、必然的に俺と杏音でカップルにボールを投げつけるゲームになる。

 全く、楽しいルールだな!


「おらっ!」

「おっそいな。小学生かよ」

「……」


 またも顔色変えずにキャッチされる俺のボール。

 小倉はそれを杏音に投げると、スタンスを広げて構えた。


「さぁどうぞ」

「やる気みたいね」

「小倉、お姉ちゃんは本当に強いから気を付けて」


 いつからスポーツ漫画になったのだろうか。

 と、小倉の背後にしゃがんで隠れる芽杏。

 さらに後ろにいる俺からは肉付きの良い尻が丸見えだ。

 なんという無防備さ。

 スキニーを履いてる事もあり、かなりヤバい。

 というか、なんで俺は今日エロおやじみたいなレポートばかりしているのだろうか。


「うっ」

「よく取ったね」

「運動部ですから!」


 呻き声をあげながらかろうじてキャッチに成功した小倉。

 弾速は俺に投げてきた時より早く、着弾時に胸に穴が開くのではないかってくらいの音が聞こえた。

 物凄い怪力。

 やはりこの女、前衛職には違いないようだな。


「今度はあたしがとる! 宮田のボールくらいなら取れそう!」

「舐めんなよ」


 上着を脱ぎ棄てて俺に対面する芽杏。

 しかしながら、俺は葛藤した。


 仮にも相手は可愛い女子高生、俺の好きだった女の子だ。

 万が一本気で投げて、取り損ねて顔に当たりでもしたらどうだ。

 可哀そうだし、物凄く申し訳なくなる。

 流石の小倉もキレそうだし。

 先程杏音には本気で投げたのは、まぁあの女がどうなろうと知った事ではなかったからだ。

 やばい、どうしましょう。


「本気で投げていい。どうせ悠のボールくらい芽杏でも取るから」

「わかりました」


 杏音の言葉がきっかけだった。

 俺は先ほど同様踏み込むと思いっきり振りかぶって投げた。

 先程よりやや鋭い軌道で、ボールは芽杏の身体の真ん中に飛んでいく。


 ドンッという鈍い音共に着弾した。

 芽杏はそのボールを抱え込むようにキャッチ。


「よし、とれた!」

「そ、それはよかったです……」


 満面の笑みを浮かべる可愛い芽杏。

 しかし特筆すべきはボールをキャッチした際の胸元。

 デカい胸がボールに持ち上げられて、それはもう凄いことに……

 って、だから今日の俺はどうしてこう、変態的報告ばかりしているんだ。


 満足したようにサッカーボールを蹴り始めたカップル横目に、ベンチで先程の絶景の余韻に浸っていると。


「ほんとに巨乳好きなんだ」

「……なんの話ですか?」

「まぁいいや、久々の運動もなかなかいいね」

「そりゃよかった」


 珍しく明るい笑みを浮かべる杏音に若干ドキッとした。

 運動はメンヘラをも光属性に転換させるらしい。


 そしてもう一つ理解した。

 高校の体育が男女別なのは正しい判断だという事を。

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