第15話
ドッジボールを終え、休憩がてら俺と杏音は自販機へ歩く。
その間小倉と芽杏は留守番だ。
二人きり同士にしようという粋な計らいである。
「随分広い公園ね」
「ほんとですねー。家族連れから学生、カップルまでみんなの憩いの場って感じです」
「私たちはこんなとこまで来て何してるんだろう」
「でも自分から行きたいって言ったんでしょ?」
「何それ、そんなわけないでしょ。芽杏に『悠が一緒に行きたがってる!』って言われたから、仕方なく重い腰を上げた——風を装ってるだけ」
芽杏の奴、裏でテキトーなことを言っていたらしい。
というかもはや俺が杏音の事好きだって言ってるようなもんだし。
まぁ事実ではない上に、俺達も茶番に付き合っているだけなため問題ないんだが。
渋い顔をする俺を見て杏音は苦笑する。
俺が言った発言ではない事を理解しているからだろう。
なんだかんだ俺達は理解し合っているのだ。
ちょっと癪な感じではある。
「はぁ、クリスマスにダブルデートする日が来るとは思いませんでした」
「芽杏と二人っきりが良かった?」
「ほんと性格悪いとこばっかりついてきますね。そんなだから孤高魔女なんて言われて孤立するんですよ」
「うるさい。さっきだって芽杏のおっぱい見てたくせに」
「……」
「否定しないのキモ過ぎ」
「……」
中学生くらいの男子が俺と杏音を凝視しながらすれ違う。
その目に映るのは未知の領域への好奇心。
美人が放つおっぱいという単語の引力にやられたか。
何の話してるんだろうって気になるんだろうな。
一瞬で虜にするとは、流石は魔女だ。
と、今になって気付いたが俺達……特に杏音を見ている人は今の中学生だけじゃなかった。
遠目からもかなり視線を集めているのが分かる。
これが美形人種の人生なのか。
街を歩けば凝視され、学校に居れば妬まれ避けられ……うぉぉ、かなり面倒だな。
彼女の拗らせの原因は、何も失恋トラウマだけではなさそうだ。
脇に流れる小川を見ながら黙って歩く。
「何か言ってよ」
「何がっすか?」
「芽杏のおっぱいの話よ」
「まだその話続いてたんですね。っていうか直接的な表現はやめてください、元気になっちゃいます」
「興奮するの?」
「冗談です」
別に興奮はしない。
生まれるのはドキドキワクワクな男の子の部分ではなく、ため息と虚しさに苛まれる女々しさだけ。
先程までは杏音や芽杏の胸や尻について、凝視して変態的な感想ばかり抱いていたが、こうしてこの女と歩いていると頭が冷える。
変な意味で落ち着く相手だな。
「ねぇ悠」
「何ですか?」
「なんでもない」
「なんすかそれ、用もないのに呼ばないでください」
「……最悪な出会いから始まったのに、意外と私達ってよく一緒に居るねって言おうとしただけ」
「杏音が芽杏の勘違いを泳がせてるからでしょ」
この人がさっさと俺との関係が色恋に無縁だと芽杏に言ってしまえば、それで縁は切れたはずだ。
それを謎に傍観しているのは杏音。
「ごめん」
「えぇぇぇぇ? どういう謝罪?」
「悠は別に私といてもメリットないもんね。ごめん、今日は余計なことして」
「……」
余計なことってのはよくわからないが。
寂しそうな顔で謝る杏音の顔に無性に腹が立つ。
メリットがない? そんなわけないだろ。
「メリットありますよ」
「え?」
「杏音といると孤独感を紛らわせられるので楽です。一昨日実家から姉が顔を見せに来たんですけど、その時に会話して思ったんです」
「……」
「恋愛観が合うのは杏音だけだって」
姉の慰めには感謝している。
多少スッキリしたし、久々の人肌は心を内側から癒す効果があった。
恥ずかしいから本人には絶対に言わないが、正直抱きしめられて、頭を撫でられて気持ちよかった。
やはり家族とのボディスキンシップは大事だと思った。
しかし。
「あなたにとって恋愛って何ですか?」
元は杏音が俺に問いかけた質問。
俺はその時は知らないと答え、後日芽杏と小倉に尋ねられた時はゴミだと答えた。
ぐちゃぐちゃな感情で生活して辿り着いたのは、そういう感情だったからだ。
そして今度は俺が杏音に問う。
彼女はジト目を向けながら口を開いた。
「ゴミね」
「やっぱり杏音の事好きです、俺」
本来なら告白と勘違いされてもおかしくないような発言。
だが杏音は恥ずかしがりもせず、苦笑と同時にため息を漏らす。
「この答えで私の事好きって、ほんとにどうかしてる」
「そうです。どうかしてなきゃこんな休日にまでメンヘラ女子高生と一緒に歩きません」
「死ねばいいのに」
互いに毒を吐き合いながら、全く仲睦まじいと言う形容詞の似合わないデートをする俺達。
当然だ。
付き合っているわけでも好き同士でもないんだから。
互いに好きは好きだが、恋愛感情というものとは違う。
もっと違う、ただ一緒に居て楽というか……
あれ? 案外恋愛ってそういうもんじゃないのか?
最早自分の感情が分からなくなってきたぞ。
「黙ってどうしたの?」
「なんでもない」
「あっそ」
追及してこない杏音に感謝し、俺は再び思考の渦に囚われる。
やけにムズムズするな。
この悩みは自分の力で解決したい。
しかしながら。
どれだけ考えても、この悩みを解決する感情を見つけるのは無理だった。
‐‐‐
自販機で買い物を済ませ、元居たベンチに帰るとそこは修羅場だった。
咄嗟に俺達は近くの木に身を隠し、聞き耳を立てる。
ベンチ前ではサッカーボールを足元で転がしながら笑顔で話す小倉と、同じクラスの女子の姿が。
芽杏はその会話に参加しているが、若干顔つきがおかしい。
アレはストレスを我慢している顔だ。
『えー、デート来てたんだぁ! クリスマスデートとはやるねぇあんたら』
『ははは、紗樹は何しに来たんだよ?』
『あたしは犬の散歩ー。この公園家から近いしー』
『紗樹の家この近くなんだ? 今度遊びに行くわー』
『いいよいいよー、芽杏もおいでよ!』
『う、うん……』
同じクラスに所属しているため、当然俺とも顔見知りなのだが、まぁ俺の性格でお察ししてくれ。
俺と彼女の間に友人関係はない。
表面上には盛り上がっているように見える会話。
しかし小倉よ、地雷踏み過ぎだ。
「流石に彼女の隣で他の女の家に遊びに行くとか言っちゃいかんだろ」
「そう? そんなもんじゃない?」
「びぇえぇ? そんな馬鹿な」
俺と杏音のヒソヒソ話はさて置き、彼女らは会話を続ける。
『小倉、この靴かわいー』
『いいだろそのモデル』
『うんうん、センスいいね!』
やけに小倉を褒める堤紗樹。
普段ならサラッと流せる会話だが、状況が状況だけに何だかなぁって感じだ。
「彼女連れの男のファッション褒めるってどんな神経してるんだ」
「ん? 別によくない? 彼氏のセンス褒められると彼女側も嬉しくなったりするし」
「なわけあるかい。ほら、芽杏のあの顔」
「引きつってる。あの子耐性ないからね」
「やっぱデリカシー無さ過ぎなんじゃないですか?」
「確かに私なら褒めないし、二人きりにしてあげる。でもね、世の中そんな女ばかりじゃないし」
「ふおぉ、説得力ある」
「これでも昔は彼氏いたんだから……って、あの女の子帰るよ」
ふざけた会話をしていると、木の向こうでは堤紗樹が手を振って別れているところだった。
ようやく邪魔をやめるらしい。
それと同時に俺達もかくれんぼから解放される。
買ってきた芽杏達の分のジュースも持って、俺達は帰還したのだった。
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