第13話

 二学期の終業式を終え、優雅に孤独な時をベッド上で過ごしていた午後の事、スマホが鳴った。

 面倒だと思いつつ、体を起こしてスマホを見る。

 画面には小倉からの着信があった。


「くそ、なんだよいきなり」


 悪態をつきながら通話を開始する。

 ちなみに厄介な姉は昨日泊まることもせず帰った。

 なんでも彼氏の家にクリスマスまで泊まるらしい。

 全く嫌味な女子大生である。


『もしもし?』

「なんだよ」

『えらく不機嫌だな。せっかくの冬休みなのに』

「だからだよ。なぜ学校が終わった後に貴様と喋らなければいかんのだ」

『そう言うなよ』


 ケラケラと笑い声が電話の向こうで聞こえる。

 随分と上機嫌だ。


「昨日は彼女との悩み事で泣き言言ってたくせにどうしたんだ」

『いやいや、ちょいと風向きが変わってさ』

「ふぅん」


 別にこいつらが裏でどんな恋愛をしていようが俺には何の関係もない。

 興味もない……というかあまり想像したくないからな。


『でさ、明々後日クリスマスじゃん?』

「そうだな」

『デートしようって話になって——』


 プツッと音声が途切れる。

 途切れるも何も俺が通話を終了しただけなのだが。

 ややあって再びスマホが鳴った。


「なんだよ」

『急に切る事ねーだろ』

「お前らのデートプランなんて知りたくもないんで」

『馬鹿、お前にも関係あるんだよ』

「はぁ? 三人でどうするんだ。俺がいたら最早デートじゃないだろ」


 デートとは恋人同士、二人きりでするものでは?

 まさか、最近のデートってのは第三者の非リア充を挟んで行われるのか?

 俺の意義とは一体。

 見世物かな。

 パンとサーカスとコロッセオ、そして非リア充の嫉妬は古代ローマの娯楽だったらしい。


 しかし、捻くれた思考を加速させる俺に小倉の声が届く。


『ダブルデートだよ』

「はぁ? 三人でダブルデートって、俺はエア恋人でも連れて行くのか?」

『ちげーよ。ほら、芽杏の姉ちゃんがいるだろ?』

「まぁぁぁぁぁ?」


 驚きによって久々に奇声が漏れる。

 あの女がダブルデートなんてキラキラしたワードに寄って来るとは思えない。


「あり得ない」

『あり得ないって……昨日芽杏と話してたんだけど、実際に来てくれるって言ってるらしいよ』

「嘘だろ」

『本人に聞けば?』

「連絡先なんて知らない」


 そう、俺は彼女の連絡先なんてものは知らない。

 そもそも本名すら知らない状態で一晩泊めた男だぞ、俺は。

 舐めんじゃねえ。


『まぁとにかく、お前も来いよな』

「えぇぇ」

『嫌なのかよ?』

「そりゃあ嫌ですね」


 ダブルデートなんて面倒なだけだ。

 隣で小倉と芽杏のイチャイチャを見せつけられるのも最悪だし、杏音とデートって考えると気が重くなる。

 好きでも何でもないし。

 そもそも恋愛恐怖症患者の俺達にとってデートなんて蕁麻疹確定演出だろ。

 しかしながら、俺より拗らせた孤高魔女がその提案に乗っているのも事実。


「……なにを企んでるんだあの女」

『なんか言ったか?』

「行くよ。場所は?」


 別に夜月杏音という人間を、信頼しているわけでも尊敬しているわけでもない。

 だが意味のない行動をする奴とは思えない。

 腐っても成績上位者、孤高な高嶺の花だ。

 断った後の事を考えてもロクなことにならなそうだしな。

 それなら俺に拒否権はない。


『隣の高校の近くにデカい公園あるだろ? 俺と宮田は現地集合って事で』

「時間は?」

『十時』

「早すぎだろ。昼からでいいじゃないか」

『芽杏が午前集合を譲ってくれなくてさ』

「あっそ」


 仕方ないな。

 起きるのがやや億劫だが、頑なな意思があると言うのなら従おう。


『楽しみだぜ』

「……おう」


 適当に返事をし、電話を切る。

 俺は楽しみでも何でもない。



 ‐‐‐



 そして迎えたクリスマス当日。

 若干雨が降って中止にならないかとも思ったが、呆れるほどの快晴である。

 自転車に乗って公園に着くと、既に小倉と夜月姉妹は揃っていた。


「遅い」

「時間守ってるでしょ。まだ9時48分ですけど」


 約束通り来て文句言われるって一体どういうことだよ。


「まぁまぁ、朝からやめよーよ!」


 杏音の肩を揺すりながらはしゃぐ芽杏。

 モスグリーンのダウンジャケットにスキニーパンツという、カジュアルな服装。

 対して杏音はグレーのコートにマフラー、手袋、ブーツの完全防備。

 守備力は高そうだが機動力はなさそうに見える。

 スレンダーな体系とは異なり、実はタンク系だったのか。


 駐輪場で立ち話もアレなため、俺達は移動する。

 広大な敷地面積なため、どこへ行くか迷いどころだ。

 ウキウキとプランを話し合う憎きカップルの後ろを、薄暗い目つきの俺達は追従する。


「ブーツで走り回る気ですか?」

「走らない」

「何しに来たんですか?」

「色々」

「ふぅん」


 杏音はいつも通りな調子だ。

 やはりデートを楽しみに来たわけでも、運動をしに来たわけでもないらしい。


「ていうか来るとは思わなかった」

「杏音が来るって聞いたら居ても立っても居られなくて」

「……どうせ断った後が面倒だ、とか思ったんでしょ?」

「いえいえそんなことは」


 会う回数を重ねるごとに思考を読まれるようになってきた。

 ぼっちの癖にそういうコミュニケーション技術を身に着けているのは皮肉だな。

 いや、ぼっちだから身に着いた技術か。


 他人と関わる機会を減らすため、必然的に他人が何を考えているかを先取りし、二度手間を減らそうとするのは当然だからな。

 そんな生活を続けていれば他人の思考を読めるようにもなるという事だ。


「俺も意外でしたよ。杏音がまさかダブルデートなんてものに参加しようとは」

「改めて聞くと嫌な響き。何がダブルデートよ、シンプルに一組ずつデートしてればいいのに」

「嫌な経験がおありで?」

「中学の頃にダブルデートで彼氏と友達の関係が近すぎて険悪になった」

「掘れば山ほど出てきますね、トラウマが」


 俺みたいに付き合う段階にすら到達したことのない人間からすると、そんなエピソードは未知の領域だ。


「そんなトラウマがありながら、よく来ましたね」

「悠に話したい事があって」

「中々積極的。とうとう俺の魅力に気付いちゃいましたか」

「悠は地雷が少なそうでいいね」

「逆にそういう発言が刺さったり」

「でも今日、新しいトラウマが植えつけられるかもね」


 家族連れや小学生なんかがボールで遊んでいる芝生の広場を横切る。


「好きだった子と親友のイチャイチャを、終日間近で見るチャンスなんてあんまりない経験」

「変な性癖に目覚めそう」

「NTR?」

「やっぱそこに結び付けるんですか」

「今回はニュアンス的に寝取られる側の立場ね」


 仮にもクリスマス、そしてダブルデートの最中に俺たちはどんな会話をしているのだろうか。

 側から見ればドス黒いオーラを放っている事だろう。

 そして目の前をご覧あれ。

 キラキラした美男美女の高校生カップルを。

 眩しいねー。


 なんて、会話をしていると広場の端の屋根付きベンチに辿り着いた。

 屋外施設なのに案外綺麗にされている。

 こういう公園のベンチなんて、基本的に卑猥な落書きの宝庫なんだがな。


「さて、とりあえず座ろっか」


 今日はまだ、始まったばかりだ。

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