第5話 蒲田にて(4)

 夢うつつで身じろぎをすると、誰かに包みこまれていた。密やかな囁きが耳に届く。

れん

 その響きは、あの人のものだった。もう一度聞きたいと願い続けた声だ。二度と聞くことはないと思った声だった。

 あぁ、夢を見るのは悪くない。死んでもいいと思えるほど甘い夢。温かい胸に猫のように顔を擦りつける。薄い布越しに彼の肌を感じる。体の奥に、失われた熱が再び灯る。怜は、自分を包み込む大きな体に腕を回した。

 望んだものが与えられる。唇が柔らかく塞がれ、押し広げられる。怜は彼の舌を誘い込み、深々と味わった。軽い水音と共に唇が離れる。彼の唇は、そのまま怜の首筋をなぞっていく。指先で耳をいじられながら鎖骨を吸われ、怜は喉を反らした。

 靄がかかった頭の中で、怜はすべての愛撫を受け入れる。

「ん……」

 怜は夢中で彼の胸にすがった。

 彼の手はどこまでも優しかった。吐息を彼の肩に吹きかけながら、怜は必死でしがみつく。



 やがて、怜はぐったりと彼に身をゆだねた。

「これでよく眠れる」

 はぁはぁと息をしながら、怜はぼやけた頭のまま目を開いた。灯りは小さな常夜灯だけにされていて、彼の顔は見えなかった。低い笑い声が微かに聞こえ、タオルで身を清められる。

「眠った方がいい。ここに……いるから」

 囁きと共に再びこめかみに口づけられ、体ごと包まれる。この2年間で初めて、怜は痛みと悲しみを忘れて深く眠った。

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