第4話 蒲田にて(3)

 コンコンと小さくノックの音がした。

 眩暈をやり過ごそうとしているうちに、一瞬、れんは気絶するように眠っていた。ノックで意識は戻ったものの、まだ動くことはできなかった。

 怜の返事を待たず、ドアがそっと開けられる。怜は目をつぶり、浅い呼吸のまま震えていた。侵入者を確認しないと。そう思っても、目を開けたり動いたりすれば吐くことがわかっている。鍵をかけ忘れた自分を呪いながら、怜はじっと横たわっていた。

 指先が痺れ、部屋がぐるぐる回っている。落ちているのか浮いているのか、怜はわからなくなっていた。銃を持つと、いつもこうなる。すべてを無視して眠っていれば、そのうち収まる。

 頼むから出ていってくれないか。殺したければ殺していいから。

 侵入者はベッドの脇までやってきて、怜の様子を伺っているようだった。頭が撫でられる。冷や汗で貼りついた髪が額から持ち上げられ、指先がそっと瞼に触れた。

 誰だ。

 ぎゅっと目をつぶり、必死で手を持ち上げようとするが、指さえ動かなかった。

 侵入者は部屋の中を動き始めた。冷蔵庫が開けられる音。服を脱ぐような衣擦れの音。ペットボトルが開けられる、軽いプラスチックの音。

 無言のまま、侵入者がそっと怜の頭の下に手を入れた。力強い腕が首の後ろを支える。

 次の瞬間、温かい唇が怜の唇に当てられ、隙間から冷たい水が入ってきた。

 思わず飲みこんだ水は、すっきりと体の中を流れていく。もう一口。量を調節しながら流し込まれる水を、怜はむさぼるように飲んだ。首の後ろがマッサージのようにさすられる。侵入者はそのまま怜を抱き起こし、自分の胸にもたせかけた。

 広い胸。温かくて、泣きたくなるほど懐かしい匂いがする。かつて自分はこの匂いに抱かれて眠ったことがある。

 首の後ろがゆっくり揉まれ、眩暈が収まっていく。頭が撫でられ、背中をさすられる。

 すべての力が体から抜け、脳の痺れがふわりと緩んだ。怜はそのまま、ことんと優しい眠りに落ちた。


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