第二話 少年、平野平秋水と邂逅する(10)

「殺していいよ」

 その言葉に土井少年は顔を上げた。

 鼻水と涙と汗でぐしょぐしょの顔だが、目が点になっている。

 口調は実に自然だった。

 全く気負いもない。

 まるで他人事のように言う。

 理解できないことを察した秋水は少しだけゆっくりした口調でちゃんと言った。

「俺を殺していいよ」

――殺す

 その言葉の意味は知っている。

 これこそが目的だった。

 だが、小さい子供の全身にある細胞は震えあがった。

「あー、こんな稼業だ。俺が死んでも家族がいるわけでもねぇし、悲しむ人間はいやしねぇし……いや、喜ぶ人間はいるかもしれないな」

 と、秋水の顔が笑った。

 それは、今までのように明るいものではない。

 でも、優しい笑顔だ。

「もしも、俺の汚れた命がお前のためになるのなら、それは過ぎた幸福なのかも知れないな」

 土井の体が震える。

 その震えが鉈に伝わり、鋭利な刃が秋水の皮膚を切った。

 決して大量の血が噴き出したわけではない。

 しかし、刃を伝って赤い雫が、秋水の血が数滴、コンクリートの地面に落ちて染みになった。

「わああああああああああ‼」

 土井は混乱した。

 復讐。

 尊敬。

 憎しみ。

 体や心を構成してる全ての感情が混ざり合い、土井は混乱した。

 涙が無数にあふれた。

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