第二話 少年、平野平秋水と邂逅する(9)

「お前さえ、お前さえ……いなければ……」

 土井少年の言葉は呪詛のように呟かれた。

「だったら、ちゃんと敵の情報を調べなよ」

 秋水は、内心『まあ、普通の子供なら無理だけどね』と付け加えた。

 大きくため息を吐く。

「お前の望みは、兄を敵を取る。しかし、その好機チャンスを俺が潰した。だから、ナタニエフに武術を教わり俺を殺そうとした」

 土井は顔を上げることができない。

 小さい少年の中で怒りと絶望と憎しみと、ほんの少し兄に対する思い出が交わり、自分の体を突き抜けそうだった。


 何もに対して全く調べなかったわけではない。

 学校のインターネットで敵の仇名【霧の巨人】と入力するといくつかの神話と一人の傭兵の名前がヒットする。

――伝説の傭兵

――一人で一師団を壊滅させた

――殺すのにためらいはない

 半ば、彼も神話同然で語られる存在だ。

 暖房が効いている部屋なのに背筋が凍った。


 でも、ナタニエフ(兄)を演じているときも、今、目の前にいる男は優しかった。

 その齟齬そごが土井をますます混乱させる。

「埒が明かねぇなぁ」

 そう言うと秋水は腰間に携えた鉈を抜いて持ち手を少年に持たせた。

 そして、刃の部分を自分の首に当てた。

「殺していいよ」

 平然と秋水は言ってのけた。

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