第二話 少年、平野平秋水と邂逅する(6)

 鉄の爪にナタニエフ(兄)は指をかけ、力をゆっくりゆっくり込めた。

――目の前で人が殺される

 土井少年にとって、銃口を胸に突き付けられた不良のリーダーは憎むべき相手だった……はずだ。

 そう、『はずだった』。

 いつの間にかホッケーマスクで顔を隠し、ジャージ姿の男は自分になっていた。

 体が大きく、筋肉があり、優しい男。

 もう、自分の目の前にある現実と理想とする空想が混ぜこぜになる。

 使い過ぎたコンピューターが熱を帯びてショートする様に、少年の頭は痛いほど熱を帯びた。

 すでにリーダーの顔は顔面蒼白になっていた。

 何かを言いたい。

 言葉にならない感情が土井の中で渦巻いた。

 まったく正反対の主張だ。

『せっかくのチャンスを無駄にするのか!?』

 同じ脳なのに、自分の中にいる大勢の自分が猛烈に怒る。

 しかし、主たる自分は言う。

「や……や……」

 口に言葉が溢れる。

「どうしたの?」

 抱えているナタニエフ(弟)が少年を見る。

 言葉が続かない。

「や……や……やめて」

 小さい言葉になった。

 小さい言葉は大きな勇気になった。

「殺すのをやめて‼」

 声のあらん限り叫んだ。

 その時だ。

 扉が開き一人の男が入ってきた。

「警察だ!」

 声を理解したとき、土井は意識を手放した。

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