第一話 少年、ナタニエフ(兄)と邂逅するという話(2)

『ここは何処だ?』

 暗い闇が秋水の体を覆っている。

 ただ、徐々に周りの様子が聞こえてくる。

「……さん! 秋水さん!……」

 日本語で名前を呼ばれている。

 安らかな眠りを妨げるような声。

 でも、不快ではない。

――俺、何していたっけ?

 脳がぼんやりとしている。

 次に化学物質や木の燃える臭いが鼻を突く。

 そういえば、燃えている音もする。

――そうだ、突然敵から市街戦をされて、報復で応戦したんだ。

 だんだん、薄らぼんやりしていた自分の意識なるものが集まり、形になってきた。

 すると、今度は体のあっちこっちから悲鳴が上がる。

――痛い!

 首も腕も背中も足も激痛が走っている。

 どうして、こうなったんだろう?

 自分は傭兵で売り出し中。

 とある紛争に参戦した。

 そこで何度か衝突があり市街戦に参加したところは覚えている。

 銃を撃ちまくり、相手を倒しつつ、秋水は正規軍とは別の行動をとった。

「おやっさん!」

 その言葉が一気に思考の海に沈んでいた秋水の意識を目覚めさせた。


 そこは戦場であった。

 味方は大分進んでいるようだが、後ろのほうで軍人が行きかい異国の言葉で「前線はどうだ?」とか「このまま撤退すべきではないのでしょうか?」などと言っている。

 遠くからは銃声も聞こえる。

 周りに敵はいない。

 目の前には若い青年が流れ落ちる涙もかまわずに自分の名前を呼んでいた。

 薄目だったのをしっかり開ける。

 思い出した。

 秋水が気まぐれで助けた同胞の石動肇が敵の手に落ち、救出したのだ。


 石動は秋水の様な傭兵ではない。

 若い石動は親の遺産を使い、会社を興した。

 そして、この戦乱続くところにいる有能な人材を求めてやって来た。

 全ては破壊しつくされていた。

 ビルや学校は一階部分を残し爆破され、略奪も相次いだ。

 少し目線を外せば遺体がゴロゴロある。

 骨がむき出しのもの。

 手足がバラバラなもの。

 頭が吹っ飛んでいるもの。


――そうだ、自分は、人質を救うために飛び出した石動を後を追った。

 誰にも何も言わず、敵の拠点に潜り込み拷問された石動を見つけた。

 手と足を縛った縄を手で引きちぎり味方の拠点まで走った。

 早かった。

 学生時代は陸上部でかなり上の成績になっていったのだろうと思っていた。

 だが、石動は目の前のトラップに気が付かなかった。

 秋水がようやく追いついた瞬間だった。

 体は自然と動いた。

 爆発地点から守るように石動を肩を持って反転し抱きしめた。


「おやっさん……」

 起き上がった秋水は埃でも払うかのように有刺鉄線を取った。

 背中は穴だらけだろう。


 しかし、これで石動も学んだであろう。

 戦場で軽率な行動は死を招くことに。

「泣くなよ、俺は疲れているんだ。野郎の泣き顔は見たくないぜ」


 それから、秋水の下で訓練された石動肇とは闇の世界で名コンビとして知られるようになる。



 現在。

 風呂酒で転寝していた秋水はチャイムで目が覚めた。

「ナタニエフさん、こんにちは」

 玄関から声がする。

 慌てて体を拭いてバスローブを着る。

 電力会社だろうか、ガス屋だろうか?

――未納はしてないはずだぜ?

 もう一度チャイムが鳴った。

「ナタニエフさん」

 その言葉に秋水は一瞬眉をひそめて玄関先に飾っていたホッケーマスクをかぶった。

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