第3話

診療費を自動会計機で払い、妻のいる家へと帰った。30手前で結婚した妻の理恵とは、早いもので一昨年銀婚式を迎えた。一人娘の双葉ふたばも昨年結婚が決まり、旦那とともに都内で暮らしているため、今は2人暮らしだ。

娘が出て行ってしばらくしてから、妻は少しうつ気味になった。子供が成人し、就職や結婚などによって家を離れることで自分のすべきこと、生きがいなどを見失ってしまうことでその時期の多くの女性に発症する症状で、【空の巣症候群】と呼ばれるものらしい。


朝、啓治が仕事に出て行ってからは、誰もいない家で1人洗濯をし、掃除をしご飯を食べて過ごすのだ、虚無感のようなものに苛まれるようになることは仕方のないことかもしれない。

そう思ったこともあり、最近は仕事を少し早めに切り上げてできるだけ早く家に帰るようにしていた。別に啓治が帰ったとて何をするわけでもないが、少しでも妻の気が紛れてくれたらいいと思ったのだ。何せ、この年齢になるまで病気一つしなかったのは、専業主婦の妻が毎日愛妻弁当を拵え、健康を考えた食事を用意してくれた賜物であった。同僚や部下なんかでも、独身貴族を貫いているもの達は、いまだに昨日はカップ麺で済ませたなどという者もいる。少し自由さが羨ましいと思ったこともあったが、今になって考えると妻への感謝しかなかった。

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