第17話 あるべき場所へ

 健斗君が私たちのことを大切な友達だと言った翌日から、梨花ちゃんと弘樹君は学校に来なくなった。

 寒い日が続いていたから風邪でも引いたのかなと思っていたが、その後、加奈ちゃんまでもが来なくなり更に一週間が過ぎた。

 窓の外を眺めると、再び降り始めた雪がグランドの土を静かに覆い隠し白く染め上げていた。

 「ねえ、みんな、どうしちゃったのかな」

 私の問いに健斗君は、いつもと同じく考え事をする時の癖で首を右に傾けただけで、何も言葉を発することはなかった。

 私は、梨花ちゃんや加奈ちゃんに連絡をしようかと考えたが、どうしてよいか分からなかった。

 (私たちはこれまでどうやって、連絡を取っていたんだろうか…思い出せない。友達のはずなのに)そう思うと、底なし沼に沈んでいくような感覚に陥った。

 「健斗君、私達って、どうやって連絡を取っていたのかな」

 「…僕たちは、敢えて連絡を取り合う必要が無かったんだ」

 「えっ、それってどういうことなの」

 「ごめん、これ以上は言えないんだ」

 私には健斗君の言ってることが理解できなかった。


 私と健斗君は、三人がいない孤独な時間をそれまで以上に一緒に過ごした。

 「健斗君がいてくれて良かった」ぽそっと本音が私の口から零れ落ちた。

 「僕もえんちゃんがいてくれて良かった。でも、そろそろ終わらないとね」

 「終わる…どういうこと」

 健斗君が私の目を見つめ、静かに話し出した。

 「僕は本当はね、入学式の日からえんちゃんのことが気になっていたんだ。気を悪くしないで欲しいんだけど、えんちゃんは何処か僕と同じ孤独を持っているように感じたんだ。……こんなことになるなら、もっと早くえんちゃん、えんちゃんと親しくなっておけばよかった」

 「えっ、でも、健斗君は私と違って優秀で、みんなから慕われいて友達も多いでしょう」

 「うん、自分で言うのもおかしいけど、小さい頃から優秀だって言われて周りからもちやほやされていたんだ。でも、だからこそ、気を許せる友達らしい友達が本当はいなかったんだ。上辺だけの友達はそれなりにいたけどね。本当はいつも孤独だったんだ」

 「でも、今は弘樹君もいるし…」

 「ああ、弘樹やみんながいてくれて、これまでにない充実した時間だった。僕にとっては、今までで最も幸せな時間だったよ」

 「私もみんながいてくれて嬉しかった。友達なんていらないと思っていたけど…思っていたつもりだけど、本当は寂しかったんだ。だから、今が一番幸せなんだと思う。それに…健斗君もいるし…」

 不意に健斗君が私を抱き寄せた。私は驚いて胸がどきどきしたが嫌ではなかった。

 「けんとくん…」

 「ごめん、えんちゃん。少しだけこのままで…」

 その時間はほんの一瞬だったのかもしれないけど、私にはとても長く感じた。

 健斗君が私から離れた時、辺りは仄暗くなっていて健斗君の後ろに黒いスーツを着た紳士が立っていた。

 「心残りは無くなりましたかね。それでは、もう旅立ちの準備は出来たということでよろしいでしょうか」感情のない営業的な声が重く響いた。

 健斗君は振り返りその紳士に対して頷くと、もう一度私を見た。

 「えんちゃん、ごめん。僕はもう行かなくっちゃいけないんだ。でも、えんちゃんには、この世界でもっと幸せを感じて欲しい…きっと、えんちゃんも本当は気付いているんだよ。えんちゃんは…えんちゃんのあるべき場所へ戻る時だよ」

 言い終えた健斗君は濃い霧に包まれて消えて言った。最後に「えんちゃん、ありがとう」と、言葉を残して。

 私は、その声に「うん、」と返事をした。

 次の瞬間、私は目に見えない大きな引力で引っ張られたような感覚に陥った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る