第16話 喧嘩
あの日以降、あの話が私たちの間で話題に上がることはなかった。私たちは無意識に、いや、敢えてあの話題を避けていたのかもしれない。
最も気になっていた…いや、本当は最も気にするべきである…あのことを。
バシャっと、それほど大きくない低い音がした。
梨花ちゃんの頭に当たった雪玉が砕けた。
その雪玉はそれほど硬くなかったようで、頭に当たる前から崩れかけていたが、それでも梨花ちゃんの頭から肩にかけてを白く飾るには十分だった。
「もう、弘樹。何やってんのよ」
梨花ちゃんは髪に付いた雪を払うと、すぐさま大きな雪玉を作りドッジボールでもするかのように弘樹を狙った。
「お、おい、待て。待てって。大きすぎるし、それ泥が」
両手で受け止められた雪玉が、その衝撃で胸元辺りで崩れた。
「ふふふ。私にかなうはずないじゃん」
地面に積もった雪はそれほど深くなく、大きな雪玉には茶色の土がかなり混じっていた。
「お、俺は、ベンチに積もった雪だったのに」
「じゃれてるわね」
加奈ちゃんの言葉に、健斗君と私は同時に大きく頷いた。私達三人は校舎を結ぶ渡り廊下から、中庭でじゃれ合う梨花ちゃんと弘樹君を遠目で見守っていた。
「さすがに雪合戦をする気にはならないね」
「うん、健斗君。そうだよね、土が混じるしね」
「えっ、」
「いや、えんちゃん。まあ、土もだけど…ね。」と、加奈ちゃんが健斗君に同意を求めるかのように目を遣った。
「まあ、えんちゃんらしいよね」と、健斗君が笑いを堪えながら言った。
「私、何かおかしいこと言ったっけ?」
その直後、健斗君が「もう、だめだ」と、声を上げて笑い出した。
何故笑われたのかは不明だけど、ここ最近、暗い表情ばかりだった健斗君が久しぶりに笑ってくれて、私はただそのことが嬉しかった。
梨花ちゃんと弘樹君の雪合戦の日から一週間ほどが経ったが、その間も私たちは、例の話題から避けていた。
その間、再び降り始めた雪は本的格に周囲を白く覆っていった。それはまるで、時の流れを止めてその空間を閉ざすかのようだった。
ドン、と、教室の後ろの方から音が響いた。
時折、冷たい風が窓のガラスを揺らしていたから、その音かと想像したが違った。振り向くと弘樹君が健斗君の胸ぐらを掴んでいた。
「健斗は、お前は、何も言ってくれない」
「違う。言わないんじゃなくて、言えないんだよ」
「だから、お前が今は言えないって言ったから、ずっと待っていたんだ。でも、理由も何も…だいたいお前は、あの件だけじゃあなくて…いつも本心を話してくれてないだろう。俺たちは、友達じゃあないのか、」
弘樹君の手を払い、棚に寄りかかっていた体を起こした健斗君が声を荒げて言った。
「友達だからって、何でも言えるものじゃあないだろう。俺だって、俺だって」
「じゃあ、俺のことは、俺たちのことは…友達だと思ってるのか」
「ああ、俺にとっては、大切な友達だ。もちろん、おまえも、梨花ちゃんや加奈ちゃん、えんちゃんも。お前らが俺の最初で最後の友達なんだ」
言葉の後、視線を下ろした健斗君の肩に涙目の弘樹君が両腕を回した。
「ああ、そうだよな。そうだよな…すまなかった。何だか不安だったんだ」
「お、俺こそ、ごめん。でも、そろそろ離れてくれないか」と、健斗君が抱き着いた弘樹君の腕を自身の体からはがした。
その様子を見ていた私たちは、鼻をすすりながら笑った。
でも、なんでだろうか。心の中では友達という言葉の響きが嬉しい反面、寂しい気がした。
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