第12話 黒いおじさん

 「何かお悩み事ですか」

 誰もいないはずの部屋に低音が響き動揺しながら見上げると、知らないおじさんが目の前に立っている。

 まるで葬儀の参列者のような黒いスーツに黒いネクタイを締めたそのおじさんは無表情に私を見つめていた。

 驚きはしたものの不思議に恐怖は感じない。私が忘れているだけで親戚か知り合いだったのかもと逡巡していると、否定する言葉が発せられた。

 「いやいや、私は縁様の知り合いでも親戚でもありませんよ」と、抑揚のない声が先程と同様に静まり返った暗い室内に響く。

 まるで私の頭の中を覗いたようなその言葉に、苛立ちと不安がないまぜに一気に膨らんでいく。

 「じゃあ、あなたは誰なんです。何故ここにいるんですか。」

 「う~ん、驚かせてしまいましたね。この仕事に就いてまだ日が浅いもので」

 だめだ。やばい人だ。震えながらスマホを握りしめるが、思ったように指が動かない。全身が冷たくなっていくような気がする。

 「電話なんて無意味ですよ。それよりもそろそろご自分の状態に気づいていただきたいものです。猶予時間が少なくなりましたので」

 「ど、どういう意味―」と、睨みつけながらなんとか言葉を紡いでいると、その男の姿が霞のように薄くなっていく。そして、その黒い霞はまるで部屋の空気に溶け込むように消えていった。


 あの黒い男は何だったのだろうか。うん、人間ではないよね。だって、私が見ている前で消えていったのだから。何か変なものに憑かれたのかも。どうしたらいいんだろうか。「何かお悩み事ですか」って、確かにそうよ。いろいろと悩んでいるわよ。

 それにしても、自分の状態に気づけとか猶予時間が少ないとか何なのか。黒いおじさんの正体そのものも意味不明。わけが分からないことだらけだ。

 最近の私は、いったいどうなっているのだろうか。

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