第6話 友達はいらない

 坂の上にある高校を目指して母と共に歩く。まだ距離のある校舎を見上げると曇天の空が目に入る。今朝は雨は降ってはいないものの入学式にしてはあまり芳しくない天候だ。足元のアスファルトの道には前日の雨に叩きつけられた桜の花びらが多数散在している。その半ば溶けかけた桜の残骸のような花びらを躊躇なく踏みしめて坂を登り切りようやく校門にたどり着いた。すると、入学式までにはまだ1時間以上もあるというのに既に大勢の生徒や親達が集まり賑やかにお喋りなどをしていた。母と私は会話を交わすような知人もおらず静かに佇みながら時が経つのを待った。

 「それにしてもお父さんの転勤が今年はなくて本当に良かったわね」

 私は軽く頷きながら母を改めて見た。

母は紺色のスーツにいつもよりもしっかりと化粧をし髪をアップにしている。そんな母は娘である私から見ても若くて美しいと思える。時々、一緒に出掛けていると知らない人から姉妹だと勘違いされたことがあるけれどそれも納得できる。実年齢そのものも他の親達に比べて若いほうだろうけれど、すらりとした手脚に色白の小さな顔、大きな瞳は実年齢よりもかなり若く見えるはずだ。

 

 1学年が12クラスもあると当然同じ中学出身者やそうでなくとも塾や習い事で顔見知りとなっている生徒たちが多いのだろう。入学式が行われる体育館の外での待機中にあちこちから生徒同士の声が飛び交っている。度々先生から注意をされその瞬間は静寂を取り戻したかのようにみえるが、5分も経たないうちにどこかのクラスの誰かが小声で話し出すと次々に拡散し次第に大きな喧噪へと変わっていく。その様子を眺め私は心の中で溜息をつきながら先生へ同情した。いや、本当は気楽に話せる相手がいない自分が惨めで寂しくてただ妬んでいるだけなのかもしれない。どうせ父の転勤の為にもしかしたら1年ほどで転校になるかもしれない。だから、友人なんていなくもていいと強がってみる。


 あれは小学3年生の頃、とても仲の良い友達がいた。いつも一緒に登下校をして休み時間もずっと一緒だった華ちゃん。学校が休みの日もほぼ一緒に行動をしていて周囲からは双子みたいだねとまで言われていた。そんな華ちゃんとも父の転勤で4年生になる前にお別れになった。お互いに手紙を書くからと、絶対夏休みには一緒に遊ぼうと、ずっとずっと友達だよと約束した。

 それなのに、思い出すと今でも心が苦しくなってしまう。

 4年生の夏休みのことだった。親戚の家に出かけた際に両親に我儘を言って少し、いやかなり遠くまで足を延ばして華ちゃんの家まで出かけた。あいにく華ちゃんは不在で華ちゃんのお母さんから近くの公園に居るはずだと聞いて公園に向かい、途中で華ちゃんに出くわした。華ちゃんは私の知らない友達と横並びで歩いていた。私は華ちゃんと会えたことがうれしくてつい大声で声をかけた。次の瞬間、華ちゃんは私とは逆の方向を見た。最初、私は声が聞こえなかったのかと思いもう一度大きな声で「はなちゃん、」と、呼んだ。でも、華ちゃんは「あっ」とだけ言って目を逸らしたままその友達と仲良さげに腕を組んで通り過ぎていった。その時、私はすべてが空っぽになったようだった。それからは、どうせ捨てられてしまう短い間の友達なら初めからいない方がましだと思うようになったのだった。

 

 

 

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