第5話 荷解き
「当社の引越し便をご利用頂き有難うございました。また、何かありましたら連絡ください」と額の汗を拭きながら言うと、体格の良い男達は帰っていった。
「さあ、頑張るかな。私はとりあえず自分のテリトリーをかたすよ」と、パソコンとプリンターなどの設定を始めた父を見てゆかりは不快に感じた。いつものことだが引っ越ししてきて一番にすることがそれなのだろうかいや違うだろうと突っ込みたくなるのを堪えた。母も同じことを思ったのだろう溜息をつく仕草を見せた後に気を取り直したように言った。
「うん、ゆかりは自分の部屋ね。私はとりあえず台所を使えるようにするわ」と、張り切った声を発した。そんな母をゆかりはこの空元気がいつまで続くのだろうかと冷ややかに見つめたが、こちらも声には出さずただ頷いて自分の部屋に入っていった。
「ここには何年住むんだろう」
中学2年生のゆかりは憂鬱だった。ほぼ数年毎の引越しは慣れてしまい繰り返す転校もさほど緊張はしなくなった。友人を作ることを諦めてからは傷つくこともかなり減った。だが、高校進学にも備えなければいけないこのタイミングでの転校は正直きつい。頑張っても頑張っても報われない気持ちがする。
段ボール箱を開けて中からとりあえず必要なものだけを取り出し机や棚に並べ整えていく。クローゼットに新しい制服を吊るす。半袖の白い丸襟のブラウスにえんじ色のリボン、スカートは紺色のプリーツでまあまあ気に入った。前の学校の制服は正直好みではなかった。どうしても緑色のスカートが嫌だった。だからその点だけは引っ越しも良いところがあると思っている。
最低限必要な荷物を段ボール箱から取り出したところでまだいくらかの箱が残っていた。いつまた引っ越しをする羽目になるかわからないため中身だけ確認して箱のままクローゼットに移していく。その作業を繰り返していると身に覚えのない古そうな箱が混じっていた。中身を確認して声がでる。
「えっ、母さんのノート」
その箱の中には母の日記らしきノートが入っていた。1冊や2冊ではなくかなりの冊数だ。読んではいけないと思いつつも気になる。暫くらく葛藤していたが「だめだめ」と、段ボール箱を再び閉じ母に直ぐに返すのは何だか気が引けクローゼットの奥側に収めた。
「暑い」
ゆかりが部屋の窓を開けるとエアコンの室外機の熱気と共に子供の遊び声が響いた。ベランダに出ると向かいの棟との間に数個の遊具が見えた。6階からでは表情まではわからないが、幼い女の子とその母親らしき女性が滑り台で遊んでいた。時折その子のいかにも楽しそうな無邪気な笑い声が聞こえ心が和む気がした。だが、逆に羨ましくも感じた。
「母と娘か。私は何を望んでいるのだろう」
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