第4話 孤独
さくらは自分の腕の中で眠りについたゆかりをそっとベビーベッドに移しかけた。
「ふ、ふ、ふぎゃあー」
慌てて抱きあげ背中をとんとんと優しくたたいてやる。
暫くするとさくらは腕の中で眠るわが子の顔を見つめながら今度こそはと思い、そっと巻いていた薄紅色の毛糸で編まれたおくるみを外した。
そして、慎重にベッドの上に寝かせようとした。ほぼ同時にゆかりの小さな手がぴくっと動き泣き声が響き出した。
さくらは長い溜息をついた。
「ああ、また。夜泣きなのか抱き癖なのかどっちなの」と、抱き上げたゆかりに小さな声で問いかける。
今夜も何度同じことを繰り返したのだろう。布団で熟睡している亮太を恨めしく思う。少しは気にしてくれてもいいのに。亮太が慣れない仕事で疲れているのは理解できる。だから自分からは声に出すことは出来ない。でも、何かしら気遣いの一言が欲しい。専業主婦の自分がそんなことを思うのは我儘なのだろうか。私が未熟だからゆかりも手がかかるのだろうか。真夜中に暗闇の部屋で点けた小さな黄色い灯りは、自分自身をも深い闇に誘っていく気がした。
眠れなくても朝はいつもと同じにやってくる。寝不足のさくらには一際朝陽が眩しく感じられる。
「昨日も眠れなかったのか、大変だな」
「うん、ベッドに寝かせようとした瞬間に起きちゃう。抱いてると寝てるのにね。」
「昼間、ゆかりが寝たときにさくらも寝なよ」
「う、うん」とさくらは言いたい言葉を呑み込んで返事をした。
「じゃあ、行ってくるよ」
亮太はさくらに抱かれるゆかりの手を軽く握ってから玄関ドアを開けた。
「行ってらっしゃい」とさくらが亮太の後ろ姿に声をかけると、ガチャンとドアの閉まる音が響いてさくらとゆかりだけの時間が再び始まった。
「亮太は何もわかっていない」と、朝の言葉を思い出して一人愚痴る。昼間だって暇な訳じゃあない。2時間毎の授乳に掃除や洗濯、買い物だってまだ1ヶ月のゆかりを連れて行かなくちゃあならない。本当なら実家の母に助けてもらうのが良いのだろうけれど頼みたくはない。
私は母のことが嫌いだ。幼い頃から厳しく育てられ、友達関係にも制限を加えられた。成長と共に自然な人との関わり方が分からなくなっていった。こんな自分がまともに子育てなんてできるのだろうか。
朝のいつもと同じ家事を済ませると、差し込んでいた朝陽はいつの間にか近くのビルの影となり室内を薄暗いものへと変えていた。ゆかりを抱きながら窓を開けるとあまり綺麗とは言えない小さな川が目に入る。その流れの澱みが自身の孤独と重なりより一層沈んでいく感じがした。
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