2018年11月17日(土)
そこは
「
と学校帰りの俺が声をかけると、学業成就祈願の
とは言えわざわざ待ち合わせ場所に神社なんて渋い場所を選ばなくても、すぐそこにある
「ごめん。帰り際に
「ううん、いいよ。おかげで全部のお社にお参りできたし」
「相変わらず信心深いなあ。受験生でもないのにこんなに熱心にお参りする高校生なんて、他になかなかいないんじゃない?」
「そうかな。私は中学の頃からここに通ってるけど、たまに若い人も見かけるよ。まあ、確かに中学生とか高校生ではなさそうだけど……」
「えっ。そんな前から来てたの?」
「うん。最初にお参りに来たのは、確か中三に上がる前の春休みだったかな」
「へえ、すごいな。けどそれって他の神社じゃダメなわけ?」
「うん。私はここがよかったの」
「なんで? ここって何か、特別な神様とか祀ってるんだっけ?」
「うーん、そういうわけじゃないんだけど……私にとっては特別な場所、かな。最初は誤解から始まったんだけどね」
少し恥ずかしそうに笑いながらそう言って、君は左肩に
何故ならあれは十一月の土曜日のことだった。
俺たちの高校はどちらも進学校だったから、土曜も半日だけ授業があったのだ。
だから俺たちはよく土曜の昼に神明社で待ち合わせた。
そうして俺は通学用の自転車を引き、君は濃紺の
「
「え? いや……俺は歩叶から教えてもらうまで、
「正確には天神様……つまり
「へえ。じゃ、天満宮って名のつく神社はみんな、もとを
「全部かどうかは分からないけど、たぶんね。益岡天満宮は、江戸時代に白石で寺子屋を開いたお寺の
「……でも天満宮って神社だよね? なのに和尚が作ったの?」
「優星くん。〝神仏習合〟って
「いや、うちの父さん、
「ええっ、そうなんだ?
「うちは母さんがそういうのからきしだから。難しい話は聞きたがらないし、聞いても次の日には忘れてるし。だから父さんも家で歴史の話するのは諦めたのかも」
「あははっ。失礼かもしれないけど、それってすごくおばさんらしいね」
「だけど父さんが大の歴史好きって読みは当たってる。家では話をしないだけで、暇さえあれば歴史系の番組見たり、時代小説読んだりしてるし」
「わあ。そっちもすごく先生らしい!」
「本当は教師じゃなくて、大学院で歴史の研究をしたかったって言ってたしなあ」
なんて話に花を咲かせながら、俺たちは紅葉のトンネルを潜り抜け、白石城の
「あれ。で、なんで益岡天満宮が特別なんだっけ?」
「ああ、うん……私ね。中学の頃には、さっき話した益岡天満宮の由来をちっとも知らなかったの。ただどこかで、あの天満宮にいる神様は京都から遥々連れてこられたんだって話だけを聞いて、かわいそう、って思った」
「かわいそう?」
「うん。だってずうっと西の京都から、いきなり縁もゆかりもない土地に連れてこられちゃったんだよ? しかも当時の私は、分霊って仕組みのこともよく分かってなかったから、人間の勝手で神様が別の土地へ移されちゃったんだって思い込んだの。今にして思うと、ほんとにバカで恥ずかしいんだけど……」
とまたはにかみながら苦笑して、君はベージュのトレンチコートの、ちょっと洒落たデザインのボタンを指先で
で、ちょうどいい小物が傍にないときは、自分の長い黒髪を耳にかけたり、毛先を指で巻き取ったりするのだ。その仕草が俺には何だか、他の誰にも聞こえない声で、触れている
「だからお参りに行ってあげようって、そう思ったの。神様が寂しくないように、誰かが必要としてあげなくちゃって。それで天神様が学問の神様だってことも知らずに、時間を見つけては手を合わせに行った。天満宮ができた本当の由来を知ったのは、中学を卒業してからだったよ」
「へえ。なんか、そういうのって歩叶らしいな。君って何にでも感情移入したがるだろ。まさか神様にまで同情しちゃうとは思わなかったけど」
「同情……とは少し違うかな。あれはたぶん、一方的なシンパシーだったと思う」
「シンパシー?」
「……うん。でもね、本当の由来を知ったあとも、あの神社は私にとって特別な場所だって思えたの。だって私がお参りのたびにお祈りしてたことを、神様が叶えて下さったから」
「へえ、本当にご利益があったんだ。ちなみに何が叶ったの?」
「ふふ。君と出会えたことだよ、優星くん」
「え?」
「中三のときのクラス替えで、優星くんと同じクラスになれたのはきっと神様のおかげだった。今でもそう思うの。だから今日も手を合わせてきたんだよ。神様、優星くんとのご縁を結んで下さって、本当にありがとうございましたってね」
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