第6話 邪教徒のお医者さん 邪神様
災害の化身たる邪神によってスキル【疫病散布】を使われたゴブリンは死を覚悟して目を閉じた。
今まで我慢できなかった
おそらく、痒さなど問題に鳴らない程の苦痛と激痛が来るに違いない。
邪神様は苦しみや絶望によってお力をつけるとレオンは聞いていた。
だとすれば、自分は仲間の為の礎として命を捧げることになるのだろう。
しかし、
「あレ?」
拍子抜けしたレオンの声がした。
そして、己の顔を触り出し
「カユく……ナイ?」
驚愕した声で言った。
「ええええええええ!!!」
ざわめく信徒たち。
赤くはれ上がっていた皮膚は見る見るうちに元に戻り、光沢のある緑色に変わった。
「アレ?おかしいな?かゆさが、消えた?」
恐る恐る、醜くただれているはずの己の顔を触り、全く何の痛みも感じない事に気が付く。
「アレ?あれ?アレ?」
何度も夢見た感触。だが、二度と戻る事は無いだろうと諦めていた感触が手と顔を通じて伝わってくる。
触れただけで激痛が走ったはずの己の顔を、レオンは昔のように当たり前に触れる事ができたのだ。
「治っタァアアアア!!!!治ったああああああ!!!!」
信じられない。と涙ながらに邪神の起こした奇跡に驚愕しつつも歓喜するレオン。
自分の人生を狂わせた病から解放されたのだ。
それは、失った腕が再生するかのような信じられない奇跡だった。
「一体どのような奇蹟を起こされたのですか?」
神官が邪神に問いかけた。すると
「大した事では無い」
と、少しばかりの威厳を漂わせて
「弱い疫病と天敵となる疫病を与えただけだ」
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邪神たる山中啓介30歳は疫病の話を聞いて、コロナ禍の中で知ったワクチンの話を思い出していた。
1976年まで日本、いや世界には天然痘という凶悪な皮膚病が存在した。
罹患すると20~50%という凶悪な致死率を叩きつける皮膚病だ。
空気感染したり、カサブタでも半年は病原菌が生存するというコロナよりも凶悪な感染力をもつ病気だった。
「ところが、これには一つだけ回避方法があってな」
牛が天然痘に掛かった土地では何故か重傷化しないというものだった。
「牛の神様が助けてくれたんですか?」
「違う違う。弱い病気にかかると、それに対抗できる抗体という物を生物は作り出すのだ」
病気というものは強弱が有る。
強い状態の病にかかれば半分の確率で死ぬとしても、弱い病気にかかればそれを退治するものを体が製造するようになるのである。
そのため、抗体が作れる程度の弱い病原菌。
それに、人体には無害だが病原菌には有毒な特殊な病原菌も作ってみた。
ありとあらゆる病が作れるなら、そんな都合のよい病気も作れないかと思ったのだ。
「毒を以て毒を制すと言う奴だな」
これにより体外と体内の両方から病を除去し、根治させたと言う訳である。
…………という話をしたが、誰ひとり分かるものはいなかった。
まあ明治時代の日本人も、顕微鏡で細菌を見ないと病原菌と言う存在を理解できなかったのだから仕方が無い。
「あー。我が病気を操り、悪い病は全て消し去った。これでお前が皮膚病に悩まされる事はなくなった」
投げやり気味に、すごくわかりやすく説明すると、その言葉にゴブリンだけでなく、信者全員が驚きの声を上げた。
「すごい!流石は邪神様!!!」
「流石、邪神様!ありがとうございます」
「流石、邪神様!ありがとうございます」
仕事で感謝されたのは何年ぶりだろう。
死ぬような思いをしながらも誰からも感謝されなかったブラック勤めを思い出して山中は深い満足を感じていると
「そんな…勇者ですら治癒は出来ない疫病を邪神が治せるなんて…」
とナビ天使が戦慄していた。
「まあ、薬ってのは使いようによっては毒になるからな。その逆もしかりだ」
というか、病気の治癒は善悪と言うより科学知識の産物だ。
小さな細菌に勇者の暴力は役に立たなかったというだけの話だろう。
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「あとは、病気に負けないよう栄養をつけて休め」
と、邪神らしからぬ優しい声でゴブリンに告げ……重大な事に気がついた。
「栄養を取れないではないか…」
最下層のこの地には食料と呼べるものが存在しなかったのである。
「邪神様。どうか我らに食料を御恵み下され…」
年老いたコボルトが両手を掲げて頼んで来た。
……さすがに、それはムリだろ。
破壊から食料は生まれない。
自分の手持ちスキルの中で使える物はないか、必死に説明文を読み返す邪神でった。
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