第7話 【実験】石をパンに変えてみよう

 ~さて、イエスは聖霊に満ちてヨルダン川から帰り、 荒野を四十日のあいだ御霊にひきまわされて、悪魔の試みにあわれた。そのあいだ何も食べず、その日数がつきると、空腹になられた。

 そこで悪魔が言った、「もしあなたが神の子であるなら、この石に、パンになれと命じてごらんなさい」。

 イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではない』と書かいてある」~

 ~ルカによる福音書 第4章~


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「アリがトウごザイまス!邪神様!」

 赤くただれた皮膚が本来の緑色となったゴブリンは邪神である山中に両手を差し出し、神を崇拝するように謝意を述べた。

 これがゲームなら一つのクエストを終了させ、経験値の一つでも入りそうな快挙である。

 

 ところが、先ほどのようなレベルアップは起こらず、逆に山中は軽いめまいを覚えて倒れかけた。

「邪神様!」

 心配したように信徒たちが駆け寄る。

 ステータスを見ると

『邪神;LV2 HP;26/26 MP;2/26』

 とある。どうやら魔力を使いすぎたらしい。

 そう思ったのだが、

「大丈夫ですか!?邪神様!」

 と信者たちが悲しそうな顔をすると、次第に楽になって来た。

「あ…ああ、大丈夫だ」

「よかったです…」

 釈然としないが、不調は無くなった。

 気が付けばMPも20まで回復している。一体どうなってるんだ?こいつ邪神の体。

 そう思いながらも、復活した山中は次の手を考えていた。


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「とりあえず。先ずは飯の確保だな」

 人間が生きるのに必要な三大要素。

 衣食住ビール。

 その中でも2番目に重要な【食】が邪教徒たちには必要だ。

 世間から見捨てられた存在とは食料からも見捨てられた存在だ。

 信者の大半はガリガリに痩せていて、今にも倒れそうな者までいる。

 

「色々ツッコミたい所はありますが、食料なんてどうやって生み出すんですか?」

 心配そうにナビゲートの天使が尋ねる。

 邪神を祀った荒野には食べられそうなモノが殆どなく、食料調達の手段などなさそうだったためだ。

「それに関しては腹案がある」

 そういって邪神は路傍に転がる石を拾い上げる。


「この石をパンにしてみよう」

「アンタ、何バカな事言ってんですか?」


 素で呆れられた。


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 山中は聖書あたりの記録を思い出していた。

 キリストがどっかの荒野で断食の修行をしていた時、悪魔が現れて「この石をパンに変えて見ろ」と言ったら「人はパンのみに生きるにあらず」と答えたという逸話だ。


「ということは、悪魔は石をパンに変える事が出来るのではないかと思ったのだよ」

 あれは神様に頼めばそれくらい出来るだろ。神様がいるのならな(笑)という嫌がらせだったんじゃないかな?とナビ天使は思ったが、邪神クラスになれば出来るかもしれないと思って黙って聞いていたが、ふと気が付いて言った。

「でも、邪神さんにそんなスキルありましたっけ?」

 今、山中が持っているスキルは4つである。


『スキル;神殺し、生贄吸収、肉体改変、疫病散布』


 国とか神を滅ぼすには十分だが、飢えた民を救うには一ミリも役に立たないゴミスキル。これでどうやって食料を生みだすと言うのか?

 そう尋ねると邪神たる山中は真面目な顔で こう言った。


「……。この石はゴーレムの肉体なんだ」


「は?」


 いきなり発狂したかのような謎の言葉に天使は思わず言った。お前正気か?という言葉にならない思いを込めて


「は?」


 と。

 邪神が持っているのはどう見てもただの石ころ(花崗岩)である。

「だいたい、仮にそれがゴーレムの肉体だとして、それでどうやってパンを作るんですか?」

 余りにも理屈に合わない発言に天使は呆れたように言うと

「ただの石だって、ファンタジーの世界だと肉体のように動くことが出来るだろ?」

 と、見た事も無いゴーレムについて語り出す。そして

「ということは、ファンタジー世界の石はゴーレムの肉片なんだよ」

「はあ、まあ百歩譲ってそれでどうなるんですか?」

「肉体が有ると言う事は、この【肉体改変】のスキルでパンに改変できるはずなんだよ。そう思い込め!私!」

 ただの現実逃避だった。

「なんだってー(棒」

 投げやりにナビ天使が驚いた声をあげる。

 まあ、ゴーレムがどうやって動いているのか、世界が異なるので天使は知らない。

 ただ、信者を助けるために何かしたいという思いは分かるので『石がパンになるわけないじゃん。馬鹿じゃね?』と面と向かって言えなかった。

「うおおおおお!!!!石コロよ!ふかふかで無くても良いからパンになれ!パンに変われ!!!」

 真面目な顔で、石コロに叫ぶ邪神。

 はたから見れば実に滑稽な光景である。だが

「我々のような者の為に、邪神様自ら骨を折って下さるなんて!!!」

「ありがとうございます!邪神様!!!」

「頑張ってください!邪神様!!!」

 純粋な感謝の目で見つめる邪教徒たちを見ると、

――でもまあ、石の成分ってSiO2とかのシリカ中心だから、有機物のC6H12O6みたいな分子はほとんど無いんですけどね――

 などと馬鹿にすることなど出来なかった。

 

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 30分後

「ダメだ。全く変わらん。」

「……まあ、そうですよね」

 カレーを作るのに野菜やスパイス以外の材料を用意するようなものである。

「パンの材料の小麦粉の8割はデンプン(化学式(C6H10O5))で、1割はたんぱく質ですからね。石じゃパンは作れませんよ」


「……そういえば悪魔も「もしあなたが神の子であるなら、この石に、パンになれと命じてごらんなさい」って煽ってるだけでパンが作れるとは一言も言ってなかったな」

 いまさらだが山中は気が付いた。そして

「じゃあ、肉体の定義ってどんなのだろうな?」

 と思い到る。

「肉体の元になるグルコースの分子式はC6H12O6ですからね。花崗岩には酸素しか含まれてませんよ」

「つまり、炭素と、水素と酸素があれば、何とかなるのか」


 そう思い立ちそこらの葉っぱや雑草を集め出し

「これはドライアド(木の精霊)の肉体だ。そう思い込め。俺」

 と、こりずに言いだした。

「まったく無駄な事を…………」

 天使が呆れていると。

「失敗か…」

 と当然の答えが邪神の口から出てきた。

「ええ、ええ。そうでしょうとも。葉っぱがパンになったら世のパン屋は廃業しますよ」

「パンじゃなくて豚肉みたいなものが出来てしまった。」

「それは失敗じゃなくて大成功っていうんですよ」

 見ると大きな腫れ物やシューティングゲームののラスボスの定番、化け物の胎児みたいに膨れ上がった、食用には見えない肉塊が出来あがっていた。

 実に食欲をそそらない見た目であり、邪教徒たちも『これは…ちょっと』という反応だったが、当面の食糧事情は解決したのである。

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