第2話 勇者失格

 悪人がやりたい放題の世界を放置していた『自称神』を抹殺した山中は、非常に清々しい気分でいっぱいだった。

 目覚ましが鳴って夢から覚めるのが惜しいくらいだ。


 だが、山中も良い大人である。こんな事はありえない事くらいわきまえている。

 さあ、そろそろ夢から覚めてごく普通のブラック建設会社に出勤しないとな…


 そう思っていると小さな天使が現れて「神様ー。どこにいっらっしゃいますかー?」と言った後に下を見て


「……え?死んでる?」


 目の前の光景を見て固まった。


 かわいらしいQピー人形のようなフォルムの天使は、目をゴシゴシこすり、ほっぺたを引っ張る。

 もう一度 殺神現場を見て

「なんで神様が!お亡くなりになられてるのですかぁぁぁぁ!!!!!?」

 と叫んだ。


「何でも一つ能力をくれると言うから、邪悪な神を殺す力をくれと言ったらくれた。だから殺した」


「神様を殺すとか、アンタ何考えてるんですかァァァァアアアア!!!」

 信じられない者を見るような目で天使は抗議する。

「いや、だってコイツが造った世界って基本的に生きてるのが辛いし、騙した方が勝つし、正義はだいたい負ける邪悪な世界だから製造主はきっと悪魔みたいな奴だろうと思ってたんだ…」

 本当に神という存在がいるなら、貧困で苦しむ人を増やすような政策を立てて上前をピンハネする奴は漏れなく天罰が下るべきだし、犯罪者が時効を迎えたり冤罪で逃げられる事はないはずだ。

「だから、この世に神なんていないと思っていたのに、実際に存在してるって事は、神って奴はこの世の問題を放置してたり無視してたってことだろう?そんな無能で邪悪な存在がいたら始末しとかないと地球の生き物がかわいそうじゃないか」

 簡潔に理由を答えた。

 すると、小さなQピー人形みたいな何かは納得したようにポンと手を叩き


「このたびは、ウチの無能上司かみが大変ご迷惑をおかけしました」


 と頭を下げた。

「あ、これはどうもご丁寧に」

 なので、山中も頭を下げた。

 お互い使えない上司を持つと大変ですね。(同情)


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ところで、君は誰だい?」

 神様の部下だとしても共犯者なら、可哀そうだが同じように罪を償ってもらわなければならない。

 そんな、ゆるぎない殺意を感じ取ったのか目の前のQ●は慌てて自己紹介を始める。

「私は貴方が派遣される予定の世界で、お手伝いとして用意された天使です」

 人間の子供に羽が生えたような姿。

 言われてみれば天使のイメージにぴったりだ。なら敵だな。

 メガ●ンの悪魔に遭遇したレベルの気軽さで、山中は『ころす』コマンドにボタンを押してみたが(※女神○生にそんなコマンドはありません)先ほどのようなチェーンソーが出てこない。

「うん。神を殺す力が発動しないし、君も被害者か」

 だったら仲間だな。と山中は思った。

 天使といえば、もっと傲慢ないけすかない存在や、ナイスバディな姿を期待してたのだがイメージとはだいぶ違う。

「ご理解いただけたようで良かったですが、普通に私を殺そうとしましたよね。今」

 ジト目で山中を見る天使。

「まあ、夢でも取り敢えず疑ってかかるのが癖になってるんだ。スマン」

「夢?もしかして夢と思ってノリだけで神様殺しちゃったんですか?」

 え?これ現実だったの?と山中が言うと

「そうですよ!!!」

 憤慨したように天使が言う。

「なんてこった!過労で朦朧としてたから、てっきり夢だと思っていた。なんて事を俺はしてしまったんだ!」

「そうですよ!なんてことをしてくれたんですか!!!」

「ごめん。現実だったなら、もっとジワジワと痛めつけて、なぶり殺しにしてやったのに…」

 徹夜で頭がぼうっとしてたから間違っちゃったよ。


「反省するかと思ったら、予想外の反省をはじめた!!!」


「やっちまったZE!」

 契約をするときは、どちらも精神的に安定した状態で殺るべきだった。と山中は反省した。

 念の為、無能神だったものを試しに踏みつけて、感触を確かめる。そして次に、じぶんの頬をつねる。

 

 痛い。夢じゃない。

「……あの、その前の神様を踏む動作には何の意味が?」

「ただの趣味だ」

「なるほど」

 そういいながら同じように踏みつけ始めた天使さんに事情を聞くと、山中は真冬の工事現場から深夜に帰った後、体が冷えたまま寝てしまい、脳梗塞を起こして死んだのだと言う。

「そこで、お詫びとして別の世界で勇者として活躍してもらおうと救済処置を考えたのですが…」

「死後の救済よりも、俺が死なない様にブラック企業に天罰を与えてほしかったな…」

 どうも、あの無能かみの感性はズレているようだ。

「それについては、本当にすいませんでした」

「まあ、死んだんならあんな世界どうなってもいいや」

 それに死んだのなら家賃も食費も稼ぐ必要が無い。

 結婚しなきゃいけないとか、老後の貯蓄を貯めなきゃいけないとか、そういった不可能に近い難問への不安も無い。

 ああ、死ぬってなんてすばらしいのだろう。

 こんな世界を作った神様と政治家は死んで侘びろ。


「政治家はともかく、神様は亡くなられてしまいましたけど…」

 呆れたように告げる天使。

「あと、貴方は厳密にはまだ死んでいません」

「え?」

「地球での肉体は死にましたが、別世界での人生が残ってますから」

「俺にまた、あの苦行をしろというのか?」

 山中は目の前が真っ暗になった。

 50社に履歴書を出しても「未経験者はちょっと…」と苦笑されたり「卒業の後に社会経験はないの?」と言われるあの地獄を又味わえと言うのか。

 やっと就職できたと思ったら、朝5時出勤、夜は3時帰宅も当たり前という超絶ブラック会社だったのだが、それでも働けなかったら生活自体ができないという地獄にまた叩き落としたいとでも言うのか…。酷い!悪魔か!いや神って呼んでもいいですか!

「嫌だぁぁぁぁぁ!!!!俺はもうあんな地獄の日々を味わいたくはないんだぁぁぁ!!!!!」

「それについては、あの役立たずかみが本当にすいませんでした」

 と、天使は頭を下げるも

「でも、ここに用意した勇者の肉体と共に降臨すれば、あなたは英雄としての道を歩めるますよ」

 そこには、立派な肉体を持つ好青年がいた。

 ボディービルダーの様な筋肉に、立派な剣と鎧。

 これが山中の精神が入る予定の体らしい。

 この肉体に入ればチート能力で、働かなくても生活が出来るというのか?

「いえ、わずかなお金と装備で野宿しながら魔王を倒す旅が始まります」

「はっはっは………はったおすぞ。ボケが」

 あの最悪の前世でもまだ屋根の付いた家で生活できてたぞ、おい。と抗議する。

「でも、その肉体は暑さや寒さは平気だし、真冬のシベリアでも野宿出来る位に頑丈な体ですよ」

「神経がブチ切れてるんじゃないか?それ」

 某RPGとかで雪山とか砂漠を平気で移動してたが、奴らの体は機械で出来てるんじゃないかと思う。

 とはいえ、圧倒的暴力で暴れまわってちやほやされると言うのは悪くない。

 そう思って勇者の肉体に触れると


「痛っ!!!」


 感電したような衝撃が走り、慌てて手を話す。見ると手から煙が出ている。

「なあ、天使さん。これぞ」

「そんな事はないですよ。これは貴方のために作られた聖なる肉体ですから」

 そういって天使は何やらスカ●ターらしきもので、こちらをのぞき

「……神様を殺したから、カルマ値がマイナスに振りきれてるぅううう!!!」

 と叫ぶ。

「カルマ値?それがマイナスになると、どうなるんだ?」

 カルマ。日本語だと業。ゲームではキャラクターの善悪の性質を表す数値である。

「本当なら、あなたを異世界の勇者として派遣する予定だったのですが、神様を殺したことでスタンス…ええと、職業が変わってしまってます」

 ウィーザードリィとかにある善良とか邪悪ってやつか?

「ええ、それがあなたの場合、神様という秩序の象徴を殺害したことで、邪悪の極地に振り切れています」


「なにぃ!俺としてはボーナスポイントをもらっても良いくらいの善行をしたと思うぞ」

 そう言うと、目の前の天使は先ほどのス●ウターもどきを黙って山中の前に差し出す。


【汝は邪悪なり】


 そこには失礼な6文字が浮かんでいた。

【汝は邪悪なり;世界の管理者たる神を殺害するという有り得ない暴挙を行った罪深い存在に与えられる称号】

 という解説の後に

【世界の嫌われ者として、その世界の最も邪悪な存在として転生する。一般の者には倒されないが、聖なる者や勇者たちに滅ぼされる運命にある】

 と続く。

「神聖なる神を殺したので、この世で一番邪悪な存在になったようです」

「世界中の社畜から大絶賛されるであろう偉業を成し遂げたのに?」

 この世界はやっぱり何かおかしい。と山中は世の理不尽に憮然とし

「そうなると……いったいどうなるんだってばよ」

 ちょっと不安になって尋ねてみた。

「わかりません」


 全てを計画した神様が死ぬというイレギュラーなど起こった事が無い。


 そもそも、世界を創った存在が死んだのだからこれから先、何が起こるのかもわからない。

 2人は慌てて部屋にある書物などを調べていると、急に部屋のドアが光り出し、気が付いたら異世界ここにいたのである。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「…と、いうわけだったな」


 目の前の化け物たちは、山中が突然現れたので戸惑ったものの、超常的な存在の降臨に感極まったように叫び出す。


「おおおおお!!!邪神様!!!よくぞ、お姿を見せていただきました!!!」

「邪神様!邪神様!」

「やった!本当に邪神様は存在したんや!!!」

「やっと我らの願いが通じた!」

 興奮の余り叫ぶ司祭と化け物。


 その歓声を一身に受けて、山中は

「…勇者じゃなくて邪神になってしまったのか?これ」

 と、自分の置かれた状況を把握した。

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